「”田舎”で生き延びる方法」再訪

粕谷英一さんの「”田舎”で生き延びる方法」(1999年11月25日:バ-ジョン1.04)を最後に読んだのは前世紀末のことだったから,それからもう15年もの年月が流れたことになる.しかし,ワタクシが最初にこの「サバイバル・ガイド」を読んだのは,さらにその5年前にさかのぼる1994年(バージョン1.03)だった.当時,新潟大学教育学部に在籍していた粕谷さんは,ローカルな(すなわち “田舎” )で研究者が生き延びるためのポイントをこの文書にまとめた.

この「”田舎”で生き延びる方法」は当時の若手研究者の間に染みこむように広がり,その影響は想像以上に大きかった.ワタクシと同世代の研究者たちは一度はそれを目にしたにちがいない.かく言うワタクシも,1994年9月に EVOLVE メーリングリストを開設するにあたって,この文書に強く後押しされたことを,開設直後のアナウンス(EVOLVE:38:5 September 1994 — EVOLVE 会員のみアーカイブへのアクセス可能)で次のように記した:

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送信者 minaka@niaes.affrc.go.jp
送信日付 Mon, 5 Sep 94 16:34:17 JST
件名 [EVOLVE:38] Purpose and Scope of EVOLVE Mailing List

EVOLVE networker 諸氏:

9月1日のEVOLVE開設以来,私自身がメイリングリスト(ML)の管理技術を学ぶ傍ら,連日届くメイルでの加入申込の処理に追われています。5日午後4時の時点で会員数は60名に近づいています。

5日目に入って少し時間的余裕ができたので,EVOLVE成立の背景とこのMLの目的および範囲について私の考えをお話しします。

[1] EVOLVE:その成立前夜

私は,この8月19日に進化生物学史文献リストを,そして8月23日に系統生物学の書評原稿を「私が知っている範囲」の e-mail users に送りました。その中(23 Aug)で:

先日から約20名の方にこのようなメールを勝手にお送りしていますが,送り先は私が知っている範囲に限られています。数ヵ月前に東大の足立直樹氏が「生態学者e-mailリスト」を配付されていましたが,そろそろ日本でもインターネット上での進化生物学の「対話」の場を整備する必要があると思われます。粕谷英一氏の言うように「田舎で生き延びる」方法の一つは「精神的補給」を絶やさないことです。Mailing listでの意見交換や(「紙爆弾」ならぬ)「電子爆弾」のやり取りはそのための有 効な手段だと考えます。

と書いたところ,何人かの方から肯定的な返事が返ってきました。しかし,その頃(わずか2週間前!)の私はMLに関して完全な無知でした。また,返ってきた返事の多くも,「進化生物学のMLがあればいいけれど,実際にMLをどうやって作るのかは知らない」という内容でした。

ところが,8月31日になって事態が急速に進展しました。ML開設に関する質問を農林水産技術会議筑波事務所電子計算課の江口尚さんに話したところ,農林水産研究計算センターがいま進めようとしているML支援体制の試行として開設してはどうか,そしてe-mailアドレスの名簿をすぐ出してほしいという返事が即座に返ってきました。あとは,すべて江口さんまかせで,翌朝研究所に来てみたら,テストも終わり何時でもOKだからEVOLVE開設のアナウンスを流して下さいという返事が届いており,9月1日正午のEVOLVE開局が実現したわけです。……[略]……

[2] 動機と背景

進化生物学の諸領域は互いに情報交換しなければ研究を進めることが難しくなっています。EVOLVEの大きな存在理由もまたここにあります。進化生物学のさまざまな領域の研究者が問題点や意見を出し合って討論することが,EVOLVEの目指すところです。

さて,進化生物学研究者間の情報交換や討論の場としては,私の知るかぎり:

1) Networks in Evolutionary Biology (ISSN 0911-6893) NEB: 河田雅圭さん主宰[1986-1988:現在休刊中]。
2) Shinka (ISSN 0919-4290) 進化学研究会: 斎藤成也さん主宰[1989-現在]。

の二つの雑誌がすでにあります。編集方針の異なるこの二つの雑誌の成功は,分野間の交流と情報交換を研究者自身が希望していることの現われでしょう。もちろんEVOLVEは電子ネットワークですから,これらの雑誌とは異なる形態の議論も可能になるかもしれません。

粕谷英一(新潟大)さんがこの3月に配布された「”田舎”で生き延びる方法」という文書をご覧になった方も多いと思いますが,その中で,電子メイルは「万難を排して」でもつなげる必要があると書かれています。とかく孤立しがちな研究環境の中で研究者が「やる気」を逓減させない有力な手段の一つは,他の研究者などから刺激を受けて「精神的励起状態」に身を置くことです。この点で,e-mailのメイリングリストは効果的だろうと考えます。個人的なことながら,この粕谷文書がEVOLVE開設の深層動機となったことは明白です。……[以下略]……

1994年9月5日 三中信宏———————————————————————————————————

以上,長々と引用した.要するに,ローカルに孤立した研究環境に置かれた研究者が「研究する気をなくさない」ためには,近縁な研究者たちとの日常的なつながりが必要だろう.メーリングリストはそのための(20年前の当時としては)唯一の手段であるとワタクシは考えた.

20年前のことなど「昔話」にすぎないが,あらためて「”田舎”で生き延びる方法」を読み直してみると,その年月の流れに茫然とする一方で,そこに書かれていることはおそらく今でも有効であることがわかる.ワタクシ自身が研究活動的には “田舎” というしかない職場に居続けてすでに四半世紀になる.そのなかで研究者としての生きていくための大技小技についてはすでに書き留めた.今日ひさしぶりに「”田舎”で生き延びる方法」を読み直してみて,ワタクシが心がけてきたことは結果的にこの粕谷文書に書かれていることに集約されていることをあらためて認識した.

大学院を出てローカルな “田舎” に職を得る若手研究者は現在も多い.任期のあるなしに関係なく,赴任した場所でしっかり生き延びないことにはその先のキャリアは期待できない.ときに迷いつつも日々歩き続ける研究者によって粕谷さんの「”田舎”で生き延びる方法」はこれからも読まれ続けていくだろう.

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