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高座心得 —— 噺と紙芝居について

ワタクシはこれまで数々の “お座敷” で “噺” をする機会を得てきた.参集したお客さんたちに「わざわざ来てよかった」と感じてもらえることが “噺家” としての研究者の責任だろう.この点については,1997年の「実践プレゼンテーションテクニック-講演はショータイム!-」から2016年の「国際会議学会発表ウラ心得」にいたるまで,一貫して変わらないワタクシの基本ポリシーだ.

大きな学会大会はもちろん,各種の講演会やシンポジウム,あるいはもっと小さなセミナーやサイエンスカフェまで,お座敷のかたちはさまざまだ.それぞれのお座敷とお集まりいただく客筋に合わせて,お見せする紙芝居(スライド)を用意し,しかるべき噺を準備してはじめて “高座” のお務めが果たせる.

以下では,高座に向けての紙芝居のつくり方を通して,ワタクシなりの噺の組み立ての手順を記す.

1. InDesign組版→pdf出力 —— ワタクシの場合,紙芝居はもっぱら Adobe InDesign を用いて文字と図版を組版し,最終的に pdf ファイルに出力して高座に上げている.フォントを埋め込んだ pdf ファイルであれば,OS がちがっていても,バージョンが異なっていても,組版が醜く崩れてしまうようなみっともないことは起こらない.さらに,InDesign ならばすべてのオブジェクトを0.001mm単位できちんと整列させられるので,スライドごとに「ずれ」が生じるトラブルを回避できる.一方,Microsoft PowerPoint は昔から現在まで “自発的” に使ったことは一度もない.好き好んでわざわざ “フシアワセ” を呼び込むほどワタクシはお人好しではないからだ.
2. 表紙ができれば半分完成 —— どんな高座でも紙芝居はたいてい数十枚の分量になる.しかし,冒頭の表紙スライドさえ完成すれば,たとえ本論部分がぜんぜん影も形もなかったとしても,もう「半分はできあがった」と気分的に余裕ができる.そんな楽観論に浸れるのは,表紙が仕上がった時点で,噺の筋書きが最初から最後までおおまかに透視できるからだ.あらかじめ決まっている高座の演目と持ち時間のもとでは,噺のスタートとゴールだけでなく,途中のコンテンツもほぼ決まってくるだろう.それが見通せればしめたもの.
3. 噺が主,紙芝居は従 —— ワタクシは研究者という噺家はやはり噺そのものできちんと勝負すべきであって,お座敷のプロジェクターで映す紙芝居は “付け足し” にすぎないとずっと思ってきた.だから,文字や図表をてんこ盛りに貼り付けたようなスライドはもうそれだけで「失敗」であり,ましてやそれをひたすら読み上げる研究者=噺家は出直した方がいい.“噺家” は “活動弁士” ではない.同様に,研究者=噺家もまた “スライド読み上げマシン” ではない.やるべきことは,紙芝居の過度のつくりこみではなく,話芸のさらなる磨き上げだろう.
4. 紙芝居づくり=噺づくり —— ワタクシの場合,噺があくまでも「主」なので,紙芝居はその噺を高座でスムーズにつないでいくための手段としてつくられる.噺の筋書きに含まれるキーワードやトピックをかいつまんで “可視化” することが紙芝居が果たすべき役割だ.だから,ワタクシにとっての「紙芝居づくり」は「噺づくり」と同義である.紙芝居の連なりは噺の台本づくりと並行して進むことになる.同時に,紙芝居の前後左右のつながり方を見ながら,噺の筋書きが大なり小なり修整されることもあり得る.
5. 高座での噺の記憶術 —— ワタクシにとっての紙芝居は「従」なので,文字や図表を細かく詰め込むことはない.むしろ,シンプルすぎるほど少数の文字あるいは図版を大きく拡大して示すのが基本だ.高座で原稿を読み上げる噺家はどこにもいない.研究者もそれと同じ.ワタクシの場合は,噺のコンテンツをそのつど紙芝居に “埋め込む” ようにしている.もちろん,聴衆からは見えはしない.中世記憶術の「場所に覚えさせる」技法に則って,各スライドにキーワードやトピックを不可視的に配置する.こうすれば,噺の原稿はいっさい不要となり,紙芝居をめくるだけで,噺が次々つなぎ合わされていく.
6. 稽古しなくても練習完了 —— ワタクシの紙芝居づくりは噺づくりと同時並行で進行する.したがって,紙芝居が完成した時点で噺づくりも完了する.紙芝居づくりの過程で何度も繰り返し噺の台本を再検討しては修正をして,必要なキーワードなどはすべて紙芝居に埋め込んでいる.だから,噺の稽古=発表練習(リハーサル)をあらためてする必要はないということだ.
7. 『役者論語』を小脇に抱え —— あとは,守随憲治(編)『役者論語』(1954年11月10日刊行,東京大学出版会,vi+188 pp.)の心得にしたがって,心安らかに高座に上がればよい.Good luck!

上の備忘録は必ずしも万人向けのガイダンスにはなっていないだろうが,ワタクシにとっては有用な要点メモとなっている.たとえば,ワタクシの農環研での最終講義の紙芝居はネット公開している:Slideshare「三中信宏いちおう最終講義2018年3月23日(金)@農環研(つくば)」.見ての通りのシンプルこの上ない紙芝居だが,これをベースにして2時間の高座を務めた.各スライドにはワタクシにしか見えない記憶術的な “埋め込み” をしている.

ワタクシは自分なりの噺の “勢い” をできるだけ活かすようなスタイルをつくってきた.研究者=噺家が高座に上がったときのふるまいは,人それぞれの個性をあらわす.噺のテンポや間の取り方などなどパフォーマンス上の細々したことは,一般論ではどうしようもなく,個々人の特質に合わせて磨いていくしかない.

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leeswijzer

オモテの仕事は生物統計学の研究者,ウラの仕事は進化生物学者です.
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