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【予備試験過去問解説】令和2年刑法【答案例と解答のポイント】


著者紹介

DAI講師

社会保険労務士として働きながら令和4年予備試験、令和5年司法試験に合格。基本を徹底する丁寧な添削スタイルで着実に論文力を引き上げます。

試験問題

https://www.moj.go.jp/content/001330821.pdf
(法務省のサイトに遷移します)

出題の趣旨

本問は,甲が,⑴本件居室の賃貸借契約締結に際し,その契約書の賃借人欄に変更後の氏名ではなく変更前の氏名を記入するなどした上,同契約書をBに渡したこと,⑵その際,Bに対し,自己が暴力団員であることを告げず,本件居室の使用目的がA宅の監視目的であることを秘しつつ,Bとの間で同契約を締結し,本件居室の賃借権を取得したこと,⑶丙の顔面を拳で殴って丙を転倒させ,丙に急性硬膜下血腫の傷害を負わせ,さらに,丙の腹部を足で蹴って丙に腹部打撲の傷害を負わせ, 丙を同急性硬膜下血腫の傷害により死亡させたことを内容とする事例について,甲 の罪責に関する論述を求めるものである。
⑴については,有印私文書偽造罪・同行使罪の成否が問題になるところ,前者については,客観的構成要件要素である「偽造」の意義を示した上で,変更前の氏名は,甲が自営していた人材派遣業や日常生活で専ら使用していたものであることを踏まえつつ,前記契約書の性質に照らし,名義人と作成者との人格の同一性に齟齬が生じたといえるのか否かを検討する必要がある。
⑵については,2項詐欺罪の成否が問題になるところ,主に論ずべき点として, 客観的構成要件要素である「人を欺く行為」(欺罔行為)の意義を示した上で,甲には家賃等必要な費用を支払う意思も資力もあったことを踏まえつつ,甲の属性(暴力団員であるか否か)や,本件居室の使用目的(暴力団と関係する活動か否か)が, 前記契約締結の判断の基礎となる重要な事項といえるか否かを検討する必要がある。
⑶については,甲は,丙が取り出したスマートフォンをスタンガンと勘違いして, これで攻撃されると思い込みながら,自己の身を守るため,第1暴行(丙の顔面を殴る行為)を行っていることから,誤想防衛又は誤想過剰防衛の処理が問題になるところ,甲は,丙が意識を失っていることを認識したのに,丙に対する怒りから, 第2暴行(丙の腹部を蹴る行為)を行い,丙に腹部打撲の傷害を負わせているため, 第1暴行と第2暴行の関係を踏まえつつ,その擬律を判断する必要がある。
いずれについても,各構成要件等の正確な知識,基本的理解や,本事例にある事実を丁寧に拾って的確に分析した上,当てはめを具体的に行う能力が求められる。

答案例

第1 賃貸借契約の締結について詐欺罪(刑法(以下略)246条2項)が成立するか
1 「財産上…の利益」とは、財産的価値のある一切の利益をいうと考える。本件における利益は賃借権であり、財産的価値のある一切の利益といえ、「財産上…の利益」にあたる。
2 「前項の方法」すなわち「人を欺いて」(246条1項)とは、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ることをいうと考える。
⑴ 偽ることに該当するためには、言葉による欺罔行為、挙動による欺罔行為、または不作為による欺罔行為のいずれかに該当しなければならないと考える。本件で、甲は直接的に暴力団関係者ではないと告げていないものの、本件条項が設けられた契約書を締結している以上、自らが暴力団関係者ではないと黙示的に表示しているといえるから、挙動による欺罔行為にあたる。よって、偽ることにあたる。
⑵ 交付の判断の基礎となる事項とは、真実を知れば交付しなかった事項を言うと考える。本件でBは甲が暴力団関係者と知れば契約を締結しなかったのであるから、甲が暴力団関係者か否かは交付の判断の基礎となる事項にあたる。
⑶ 重要な事項とは財産的損害を及ぼす危険性ある事項をいい、確認措置が取られていることが外部にも表明されている事項をいうと考える。本件で、甲は家賃等必要な費用を支払う資力があるからBに財産的損害はないようにも思える。もっとも、暴力団関係者が不動産を賃借して居住すればその資産価値が低下する可能性があるのだから、甲が暴力団関係者か否かは財産的損害を及ぼす危険性ある事項にあたる。加えて某県では契約に本件条項を設けていたのだから確認措置が取られていた。さらにBはその内容を甲に説明したのであるから外部にも表明されているといえる。よって、重要な事項にあたる。
 以上から、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽っているから「人を欺いて」にあたる。
3⑴ Bは甲が暴力団関係者ではないとの錯誤に陥り、契約を締結している。
⑵ 甲は賃借権を得たことにより本件居室に居住することができるから利益が移転したといえ「得」たといえる。
4 甲はこれらを認識認容し故意があるから、①詐欺罪(246条2項)が成立する。
第2 賃貸借契約書の作成・交付について
1 有印私文書偽造罪(159条1項)の検討
⑴ 「権利、義務…に関する文書」とは権利義務を発生させる文書をいうと考える。本件賃貸借契約書の作成によりBを貸主、甲を借主とする権利義務関係が発生するため、「権利、義務…に関する文書」にあたる。
⑵ 「偽造」とは、名義人と作成者の人格の同一性を偽ることをいい、名義人とは文書上作成者として認識される者を、作成者とは意思観念の表示主体をいうと考える。本件契約書には変更前の氏名が記されているため、名義人は暴力団関係者でない甲である。一方、本件契約書は暴力団関係者としてA宅を監視する目的で借りるのであるから意思観念の表示主体たる作成者は、暴力団関係者である甲である。よって、人格の同一性を偽ったといえるため「偽造」にあたる。
⑶ 有印か否かは名義人の署名・押印があることをいうと考える。本件で変更前の氏名を記入し認印を押しているから、名義人の署名・押印があるので有印である。
⑷ 「行使」とは偽造文書を真正文書として使用することをいい、使用とは当該文書を認識させることをいうと考える。本件で甲は本件契約書を真正文書としてBに認識させるつもりであるから、「行使の目的」がある。故意もある。
 以上から②有印私文書偽造罪(159条1項)が成立する。
2 偽造有印私文書行使罪(161条1項)の検討
甲は本件契約書を真正文書として交付してBに認識させたといえ「行使」にあたる。故意もある。よって③偽造有印私文書行使罪(161条1項)が成立する。
第3 丙に対する暴行について
1 過失致死罪(210条)の検討
⑴ 甲は丙の顔面を殴り急性硬膜下血腫の「傷害」(204条)を負わせたことに「よって死亡させ」(205条)ているから、傷害致死罪の構成要件に該当する。
⑵ では正当防衛(36条1項)により違法性が阻却されるか。「急迫」とは法益の侵害が現に存在するか又は間近に押し迫っていることをいうと考える。本件で丙はスマートフォンを取り出しただけであるから法益の侵害は現に存在しないし、間近に押し迫っていないので「急迫」にあたらない。よって正当防衛は成立せず違法性は阻却されない。
⑶ ではスタンガンと誤信していることから故意が阻却されるか。行為者の主観において正当防衛が成立するならば、規範に直面せず反対動機の形成は不可能であるから故意は阻却されると考える。
ア 甲はスタンガンで攻撃されると思っていたのであるから、主観的には法益の侵害が間近に押し迫っているといえ「急迫不正の侵害」が認められる。
イ 甲は火傷を負わされたり意識を失わされたりすると思い込んで、自己を守るために顔面を殴ったのであるから、「防衛するため」にあたる。
ウ 「やむを得ずにした行為」とは武器対等の原則を満たし、かつ、よりリスクの小さい代替手段がない場合をいうと考える。本件で丙はスタンガンを持っているのに対し、甲は素手である。さらに、丙は身長180センチメートル・体重85キログラムであるのに対し、甲は身長165センチメートル・体重60キログラムと体格的に劣っている。よって武器対等の原則を満たす。加えて、スタンガンによる攻撃を回避するには、顔面に一発拳で殴るほかにリスクの小さい代替手段はない。よって「やむを得ずにした行為」にあたる。
 以上から、主観的には正当防衛が成立しているため、故意が阻却される。よって故意犯である傷害致死罪は成立しない。
⑷ もっとも、より注意をすればスタンガンではなくスマートフォンであることに気付けたので甲に過失が認められ④過失致死罪(210条)が成立する。
2 傷害罪(204条)の検討
甲は足で丙の腹部を3回蹴るという有形力の行使により、加療約1週間を要する腹部打撲の「傷害」を負わせた。故意も認められる。よって、⑤傷害罪(204条)が成立する。
第4 罪数
①詐欺罪と②有印私文書偽造罪は、通例手段と結果の関係にあるため牽連犯(54条1項後段)となる。また、②有印私文書偽造罪と③同行使罪も、通例手段と結果の関係にあるため牽連犯となり、①②③は科刑上一罪となる。これと④過失致死罪と⑤傷害罪は併合罪(45条前段)となる。

以上

解答のポイント

① 詐欺罪(246条2項)

  • 2項の保護法益は、財産上の利益です。

  • 成立要件は、以下の通りです。

    • 財産上…の利益を(客体)

    • 前項の方法により(=人を欺いて)(実行行為)

    • 「得」た(結果)

  1. 客体のポイント

    • 「財産上…の利益」とは、財物以外の財産的利益一切をいうという定義は暗記しましょう。

  2. 実行行為のポイント

    • 「人を欺いて」とは、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ることをいう最決平22.7.29)という定義は暗記しましょう。
      そしてこの定義を分解すると、Ⓐ偽ることⒷ交付の判断の基礎となる…事項Ⓒ重要な事項、の3点に分けられます。詐欺罪が出題された場合、配点のほとんどは「人を欺いて」にありますので、以下でこの3点をきちんと整理して充実した当てはめが出来るようにしましょう。

      • Ⓐ偽ることに該当するためには、ⓐ言葉による欺罔行為ⓑ挙動による欺罔行為ⓒ不作為による欺罔行為のどれかにあたらなければなりません。

        • ⓐ言葉による欺罔行為とは、その文字通り、言葉でウソを付いていることを指します。まさに詐欺罪の典型例と言えます。例えば、暴力団員であるにも関わらず「自分は暴力団員ではない」と言葉でウソを付いた場合がこれにあたります。

        • ⓑ挙動による欺罔行為とは、言葉でウソは付いていないが、態度で黙示的にウソを付いていると社会的に評価できる場合を指します。例えば「自分は暴力団員ではない」と言葉でウソはついていないが、暴力団員ではない旨を約束する契約書にサインをした場合がこれにあたります。本問はまさにⓑ挙動による欺罔行為に該当します。

        • ⓒ不作為による欺罔行為とは、既に相手方が錯誤に陥っていることを知りつつ、それを知らせない場合を指します。不作為犯は、作為と同価値性と言える場合(排他的支配・先行行為が認められる場合)で、かつ作為可能性が認められることで初めて、作為義務違反を認定できます。作為義務違反を認定することで、ⓒ不作為による欺罔行為があったといえるので、Ⓐ偽ることに該当することになります。

      • Ⓑ交付の判断の基礎となる…事項とは、本当のことを知れば交付することはなかった事項を言います。典型的な詐欺のケースでは、ほとんど問題にならず軽く当てはめれば足ります。

      • Ⓒ重要な事項とは、財産的損害の危険性を基礎づける事項を言います。財産的損害は、直接的な損害と、間接的な損害の2種類に分類することが出来ます。

        • 直接的な損害とは、詐欺によってダイレクトに経済的損失が生じる場合です。例えば現金を交付してしまった場合などが挙げられますが、このような場合は財産的損害が問題なく認められますので、Ⓒ重要な事項に該当することがすんなり理解できると思います。

        • 間接的な損害とは、ダイレクトに経済的損失が生じるわけではないが、経営上の根幹にかかわるような将来的な損失が観念できる場合です。このような場合は、詐欺によって今すぐに経済的損失が生じるわけではないので、現時点では財産的損害がありません。もっとも、当該事項の確認措置を取っており、かつ外部にも表示されていれば(最決平26.3.28)、将来の損害を回避するために必要な措置であることが明らかですから、経営上の根幹にかかわる将来的な損害が観念できるといえ、Ⓒ重要な事項に該当します。

        • なお、学説においては、財産的損害を書かれざる構成要件として要求する説もあります。しかし、背任罪(247条)と違って条文に明記されていませんし、また、判例(最決平22.7.29等)においても「人を欺いて」の要件検討の中で財産的損害の危険性を検討していますから、独立の要件として検討する必要はないと思われます。

    • 以上、Ⓐ偽ることⒷ交付の判断の基礎となる…事項Ⓒ重要な事項の3点をしっかり認定して、初めて「人を欺いて」にあたることになります。

  3. 結果のポイント

    • 詐欺罪は、瑕疵ある意思に基づいて交付される必要があります。すなわち、単純な交付により「得」ただけでは足りず、錯誤に基づいた交付により「得」たと言えなければならない点に注意しましょう。

② 私文書偽造罪(159条1項)

  • 保護法益は文書に対する公共の信用です。

  • 成立要件は、以下の通りです。

    • 「権利、義務…に関する文書」もしくは「事実証明に関する文書」を(客体)

    • 「偽造」し(実行行為)

    • 「他人の印章若しくは署名を使用して」「偽造した他人の印章若しくは署名を使用して」(有印性)

    • 「行使の目的で」(条文上の目的)

  1. 客体のポイント

    • 「権利、義務…に関する文書」とは権利・義務の発生・変更・消滅に関する文書をいい、「事実証明に関する文書」とは実社会に交渉を有する事項を証明するに足りる文書を言います。定義として示せるように暗記しましょう。

  2. 実行行為のポイント

    • 「偽造」とは名義人と作成者の人格の同一性を偽ることをいい、名義人とは文書上作成者として認識される者を、作成者とは意思・観念の表示主体をいうまでセットで暗記しましょう。

    • 当てはめにおいては、名義人は〇〇、作成者は△△ときちんと特定をしたうえで、人格の同一性を偽っていると結論付けしょう。

  3. 有印性のポイント

    • 有印は、「他人の印章若しくは署名を使用」していれば認められます。すなわち、他人である名義人の印章若しくは署名が使用されていれば有印文書(1項)となります。一方、名義人の印章若しくは署名が使用されていなければ無印文書(3項)となります。

    • 有印性は「偽造」(実行行為)の後に認定しましょう。有印とは上記の通り名義人の印章・署名があることですから、「偽造」の当てはめにおいて名義人を先に特定しておく必要があるからです。

  4. 条文上の目的のポイント

    • 「行使の目的で」は主観面です。すなわち、客観面の検討をすべて終えた後に認定してください。もっとも、条文に明記された主観面ですから、故意よりは先に認定する必要があります。

    • 「行使」とは、偽造文書を真正文書として使用することをいい、使用とは文書の内容を相手方に認識させ、又は認識可能な状態に置くことをいうという定義は暗記しましょう。

    • なお、本罪以外にも、条文上の目的が規定されている犯罪があります。背任罪(247条)では「自己若しくは第三者の利益を図り又は本人に損害を加える目的」が、事後強盗罪(238条)では「財物を得てこれを取り返されることを防ぎ、逮捕を免れ、又は罪責を隠滅するため」が規定されていますので、チェックしておきましょう。

③ 正当防衛(36条1項)

成立要件は3点です。㋐急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため㋒やむを得ずにした行為であること、です。

  1. ㋐急迫不正の侵害に対して

    • 「急迫不正の侵害」とは、違法な法益侵害が現に存在しているか、または間近に押し迫っていることをいうという定義は暗記しましょう。

    • 本問では、客観的には何ら急迫不正の侵害がないため、本要件を満たさず、正当防衛は成立しません。しかし、主観的に正当防衛が成立するならば、犯罪事実の認識を欠いているので、(責任)故意が阻却されることになりますから、主観面を基礎に3要件を検討する必要があります。

  2. 自己又は他人の権利を防衛するため

    • 専ら攻撃の意思で反撃行為がなされたならば本要件を満たしませんが、防衛の意思と攻撃の意思が併存している場合は、本要件を満たします(最判昭50.11.28)ので、ほとんどのケースにおいては軽く認定すれば足ります。

  3. ㋒やむを得ずにした行為であること

    • 「やむを得ずにした行為」とは、防衛手段として必要最小限度のものであること、すなわち防衛手段として相当性を有するものであることを言います。正当防衛の検討においては、この相当性の当てはめが非常に重要であり、得点も多く配点されています。相当性では、武器対等の原則を満たしているかよりリスクの少ない代替手段はないかの2点から検討しましょう。

      • 武器対等の原則は、両者の武器の有無、武器の種類、年齢、体格などを軸にして両者を比較します。反撃者の方が劣位的地位にある、または両者の釣り合いがとれているならば、武器対等の原則を満たし相当性が肯定される方向へ傾きます。他方で、反撃者の方が優位的地位にある場合には、武器対等の原則を満たさず相当性が否定される方向へ傾きます。ここで「傾く」という曖昧な表現を使っている理由は、武器対等の原則だけでは相当性の結論を出してはならず、必ず以下の代替手段の検討を行ってから結論を出す必要があるからです。

      • よりリスクの少ない代替手段の検討は、相手方に与えるダメージがより小さい代替手段があり、かつそれを実行することが期待できるかを検討します。これが認められた場合には、現実に行った反撃行為は必要最小限度のものとはいえませんので、本要件を満たさず正当防衛は成立しませんから、過剰防衛を検討することになります。他方で、代替手段が存在せず現実に行った反撃行為が唯一の方法であった場合や、代替手段はあるがそれを実行することが期待できない場合には、現実に行った反撃行為は必要最小限度のものといえますので、本要件を満たし正当防衛が成立します。

本問は、詐欺罪を学習するにはとてもよい問題ですし、総論分野からも王道の正当防衛が出題されており、当てはめで差がつく問題と言えます。しっかり学習しておきましょう。

参考文献

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