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【予備試験過去問解説】平成23年刑法【答案例と解答のポイント】


著者紹介

KB講師

フルタイムで働きながら令和4年予備試験、令和5年司法試験に合格。不合格経験を踏まえ、学習初学者が陥りやすい落とし穴に配慮した、親切かつ合理的な勉強方法に強み。

試験問題

https://www.moj.go.jp/content/000077124.pdf
(法務省のサイトに遷移します)

出題の趣旨

本問は,甲が,無理心中を図って子丙を殺害した妻乙から乙殺害の嘱託を受け,殺意をもって乙の首を絞め,乙が死亡したものと誤信し,乙及び丙それぞれの殺害に関する証拠を隠滅する目的で犯行現場である甲宅に放火し,甲宅を全焼させるとともに,乙と丙の遺体を焼損させたが,乙の死因は放火による一酸化炭素中毒であったという事案を素材として,事案を的確に分析する能力を問うとともに,行為者の行為の介在と因果関係,事実の錯誤,証拠隠滅罪等に関する理解とその事例への当てはめの適切さを問うものである。

答案例

1 乙が丙の首をネクタイで絞めた行為の殺人既遂罪(199条)と共同正犯(60条)、幇助犯(62条1項)の成否
⑴ 丙は自然人であり「人」である。また、上記行為は、首に強度の圧迫を加えることにより人を窒息死させる危険があるので、自然の死期に先立って人を死亡させる行為といえるから「殺」人の実行行為にあたる。そして、これによって(因果関係)丙は窒息死した。乙には上記の認識と認容があるので故意(38条1項本文)もある。よって、乙には殺人既遂罪が成立する。
⑵ しかし、甲については殺人既遂罪の共同正犯は成立しない。なぜなら、乙による丙殺害行為の前に、乙は丙殺害や無理心中をしようと甲に告げたものの、甲は乙に「もうすこし頑張ってみよう。」等と答えて丙の殺害を承諾していないので、丙の殺人にかかる意思連絡が認められないから「二人以上共同して犯罪を実行した」(60条)とはいえないためである。
⑶ また、乙による殺害行為に何ら物理的·心理的因果性を与えていないから、幇助犯(62条1項)も成立しない。
⑷ よって、甲は、この行為について何ら責任を負わない。
2  甲が、乙の首を両手で絞めた行為の嘱託殺人罪(202条後段)(以下「第1行為)」の成否
⑴ 甲は、第1行為をするにあたり、かねてより無理心中を仄めかし、自らの腹部を包丁で刺して悶え苦しむ乙から「早く楽にして。」と言われたため、被殺者から殺人の申し出を受けたといえ「嘱託を受け」たといえる。そして、甲は、乙(「人」)を「殺」すべく上記行為をしたため嘱託殺人の実行の着手(43条本文)が認められる。
⑵ しかし、乙の死因は窒息死ではなく第2行為により生じた一酸化炭素中毒死であるため、因果関係が否定されないか。
 この点、因果関係は条件関係を前提に、行為時の事情及び行為後の全事情を基礎に当該行為の危険が結果となって現実化したといえるならば認められ、①行為の危険性、②介在事情の結果発生への寄与度③介在事情の異常性を考慮して判断する。
 まず、条件関係は認められる。
 次に、甲の死亡原因は一酸化炭素中毒死であるため介在事情の結果発生への寄与も大きい(②)ものの、第1行為自体が人を窒息死させる危険性が高い行為であり(①)、行為者が対象者を死亡させたと考えて死体の証拠隠滅するために焼き払うことは、まま有り得ることで介在事情の異常性が小さい(③)。
 よって、乙の死亡は、第1行為の危険が結果となって現実化したといえ、因果関係が認められる。
⑶ しかし、甲の死因は、両手の首絞め行為による窒息死ではなく、煙の一酸化炭素を吸引したことによる死亡であり、当初甲が想定した因果経過と異なるため因果関係の錯誤として故意が否定されないか。
 この点、因果関係も構成要件要素であり、同一構成要件の範囲内で符号していれば故意が認められる。
 本件では、いずれも人の死という点で同一構成要件の範囲内で符号しているため故意が認められる。
⑷ よって、嘱託殺人罪が成立する。
3 意識消失の乙と丙の死体に灯油をかけ火をつけた行為(以下「第2行為」)の現住建造物等放火罪(108条)、死体損壊罪(190条)、過失致死罪(210条)、証拠隠滅罪(104条)の成否
⑴ 甲は意識消失した乙や丙の死体に灯油をかけて甲宅という「建造物」に火をつけたから、目的物の焼損を惹起させたといえ「放火」したといえる。また、甲宅は全焼したので、目的物を独立して燃焼継続させるに至ったといえ「焼損」したといえる。さらに、客観的には、乙という「人」の「現在」性も認められる。そして、甲宅は犯人である甲以外の家族である乙の起臥寝食に用いられていた建造物だから「住居」にも当たる。
 よって、客観的に現住建造物等放火罪(108条)に当たる。
⑵ しかし、甲の主観では、乙も丙も死亡したものと考えており「人」の「現在」が認められない上に「現住」性も認められない。
 もっとも、甲宅は抵当権という「物権を負担」(115条)しており、主観的には他人所有非現住建造物等放火罪(109条1項)である。
 まず、軽い罪を犯すつもりで「重い罪」(38条2項)を犯したにすぎないため、重い現住建造物等放火罪は成立しない。
 もっとも、両罪に①被侵害法益②行為態様の共通性があれば、重なり合う軽い罪が成立する。
 いずれの罪も、火災による人の生命身体財産への危険が被侵害法益であるし、行為態様も放火行為であり同一といえる。
⑶ よって、重なり合う軽い他人所有非現住建造物等放火罪が成立する。
⑷ 丙の死体損壊罪(190条)と乙の過失致死罪(210条)
 丙の「死体」の表皮を焼く等「損壊」結果を発生させた上、故意もあるから死体損壊罪が成立する。
 乙に対しては、客観的には殺害しているが、主観的には死体遺棄罪であるため、刑法38条2項により殺人既遂罪は成立しない。また、死体損壊罪は保護法益が死者に対する敬虔感情であるが、殺人罪は人の生命が保護法益であり両者の保護法益が異なる上、死体の損壊と人の殺害は行為態様が共通しないため死体損壊罪は成立しない。
 なお、この行為は過失致死罪(210条)が成立するが、重い嘱託殺人罪に吸収される。
⑸ 証拠隠滅罪(104条)
 丙の死体は「他人」乙が犯した殺人という「刑事事件」に関する「証拠」であり、これを焼損させて「隠滅」した。また、甲には「乙が丙を殺害したことが発覚してしまう」との故意もある。
 よって、証拠隠滅罪が成立する。
 もっとも、乙と甲は「親族」(民法725条2号)関係にあり、甲は「これらの者の利益のために犯した」から同罪は任意的に「刑を免除」される(105条)
4 罪数
 ①他人所有非現住建造物放火罪②死体損壊罪③証拠隠滅罪は「一個の行為が二個以上の罪名に触れ」る場合であるため観念的競合(54条1項前段)となり、これと④嘱託殺人罪が併合罪(45条前段)となる。

以上

解答のポイント

① 遅すぎた構成要件の実現と因果関係、因果関係の錯誤

●遅すぎた構成要件の実現
遅すぎた構成要件の実現は、第一行為で殺そうと思ったが当初の目論みでは死体遺棄行為であるはずの第二行為で殺してしまったような場合を言います。早すぎた構成要件はこの逆です
両者は順序を逆にしただけなので似ているようにも思われますが、明確に異なるポイントがあります。 それは、遅すぎた構成要件の実現の場合は、第一行為と第二行為は二つの行為に分断して見るのに対し、早すぎた構成要件の実現の場合には第一行為と第二行為を併せて全体を一個の行為と見る点です。
そのため、遅すぎた構成要件の実現においては、必ず、第二行為についても、犯罪の成否を検討する必要がある一方で、早すぎた構成要件の実現においては、第二行為は第一行為と併せて検討済みなので別途検討する必要はありません。
遅すぎた構成要件の実現は、平成23年・平成31年・令和5年と頻出論点であるにも関わらず、受験生の出来が非常に悪いので、必ず押さえるべきポイントです。

●因果関係
遅すぎた構成要件の実現においては、因果関係が当初の目論みとズレるため、因果関係の有無について検討する必要があります。
行為と結果との因果関係が認められるためには、①条件関係があること、②その上で、危険の現実化(法的因果関係)があることの2点が必要です。
①については明らかなので、端的に述べれば足ります。
②については、判断基底に含む事情として、行為時及び行為後の客観的全事情が含まれることを述べた上で、考慮要素3点(行為の危険性、介在事情の結果発生への寄与度、介在事情の異常性)を列挙します。
その上で、法的因果関係の有無を事例に沿って検討します。
遅すぎた構成要件の実現の事例では、たいてい、死体を隠す意図での死体遺棄行為(例:崖から投げ捨てる、砂浜に埋めるなど)になります。

●因果関係の錯誤
遅すぎた構成要件の実現においては、因果関係の問題だけではなく、因果関係の錯誤も必ずセットになります。
これは、第一行為で殺そうと思ったが第二行為で殺してしまっているので、因果関係の認識にズレ(錯誤)が生じているためです。
ここは問題点に気づいていることを示しつつ、端的に共に「人」の「殺」害という点で重なりあうことを論じて錯誤にはならず、故意が否定されないことを述べれば足ります。

② 第二行為の検討と抽象的事実の錯誤、過失犯の検討

●必ず第二行為の検討した上で、抽象的事実の錯誤を検討する。
まず、第二行為については、軽い罪の認識で重い罪を犯しているため刑法38条2項により重い罪が成立しないことを必ず指摘します。
次に、抽象的事実の錯誤として、被侵害法益及び行為態様の共通性により重なりあう軽い犯罪の成否を検討します。
具体的には、被侵害法益は敬虔感情という社会的法益(死体遺棄罪が)と人の生命という個人的法益(殺人罪が)なので、共通性がないことを述べます。さらに、行為態様も死体の損壊と人の殺害では異なることを述べます。
そして、重なり合いがないことを述べて、故意犯が成立しないことを結論付けます。

●第二行為について故意犯を否定した後、必ず過失犯を検討する。
事実の錯誤として故意犯が否定されても直ちに不可罰になるわけではないので注意です。
令和2年にも問題意識が問われています。(令和2年は責任故意を阻却した後の過失犯の成立)
必ず、過失犯の成否を検討しましょう。なお、この認定は、問題文に過失がある(結果発生について容易に認識・予見ができたなど)ことがわかる記載がある場合が殆どなので、端的で問題ありません。
(過失を細かく検討させたい場合は、事実関係が相当な分量になっていると思われます。)

③ 刑法115条と105条、その他

●自己所有建造物が他人所有建造物になる刑法115条
抵当権や火災保険を付したもの、賃貸している自己所有建造物は、刑法115条により他人所有建造物になることという問題意識は過去問でも頻出であり、口述試験でも頻出です。
自宅が犯人の所有する物件であっても、抵当権、火災保険、賃貸借などのキーワードが出てこないか必ずチェックしましょう。

●刑の任意的減免規定である刑法105条
犯罪(構成要件該当性、違法性、責任性)が成立した上で、処罰阻却事由として論じます。

●その他
刑法では、体系を意識しましょう。
例えば、客観的構成要件の認定をする前に、主観的構成要件(故意や目的)の認定をしてしまうと、体系を無視していることになります。主観面は客観的構成要件を認定した上で、はじめて認定するという意識を強く持ちましょう。併せて、故意の認定は欠かさずにするようにしましょう。故意がなければ犯罪は成立しないためですし、ここには少なからず点数が振られています。
また、違法性は故意や目的といった主観的構成要件よりも後に認定しなければやはり体系を無視していることになりますので注意です。
次に、条文の文言ごとに、必ず、その定義を示しましょう。なお紙幅との関係上、丁寧に三段論法をすること(定義の二度出し)は必須ではありません。重要な論点以外は定義とともに認定してしまうだけで足ります。
その他、処罰阻却事由や中止犯は、刑の減免事由として、【犯罪】成立を前提に検討するものなので、構成要件(客観、主観ともに)、違法性阻却事由、責任阻却事由の全てを検討した後に、最後に検討します。
なお、中止犯については、①自己の意思により②中止したという要件がありますが、①は主観的要件なので、客観的要件である②の中止した、から先に検討します。

参考文献

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