問い×小説 問いかける自分から離れる

奢られ屋のプロおごのコンテンツから、影響を受けて「問い」という視点を手に入れてみた。

問いとは…

問いってなんだろう

解決の糸口を見つけるために追及することか、本質にたどり着くことか。

問いはぼくを助けるのだろうか、それとも

きずつける問いもあるだろうか?

少し引いた視点で…思うこと

突き詰めてはいけない、そんな領域があるのかもしれない。ということだ。

追及することで、くるしさを生むような

「あのとき、こうしていれば」

「ああ言わなかったら」「ああ言っていたら」

後ろを振り返り、自省することは少しだけ大変だ。


ぼくは思わず書かずにいられなかった。

他人とぼく、適切なきょりとは

人とギリギリまで頑張って付き合いすぎてしまうぼくは、「人とずっと一緒にいることや人とずっと連絡を取り続けることや、人の好意にうまくやっていくこたえること」がどうも得意になれない。

じぶんの感覚を言って、わかってもらえることって

あるんだろうか

わかってほしいのか? それとも 諦めてほしいのか

諦めてほしいのかもしれない、ぼくはこういう人間だから、仕方がないから、できれば向けてくれた好意を悪意に変えたり、期待したり、さげすんだり、できれば何か槍をむけないでほしい。

悪意でこちらを見ないでほしい。

もし、ぼくに原因があるのだとしたら、

ぼくは、人を悪くいうつもりはないしなるべく適当な距離感で、尊重しあい、みんながそれぞれにたのしんでいる世界がいい。

だけど、じぶんの大切にしたいもの、場所、空間は神聖なものにしておきたい。だれかと共感できることがあればいいけれど、それはきっと「向き合う」ような類の仲間意識ではなく、「同じような方向」をみるような仲間がいたらいいのに。って思う。

心をこめたら、何でもいいのか問題

ぼくは、心をこめたら何でもきっと伝わるんだ

って思ってきた。教えられてきた?

心をこめていたら相手もきっとうれしいはずだって。どこかでそれを良しとしてきた所があるんじゃないだろうか。だけれど、それは受け取る人によって違うし、親切とも不親切とも何か別の意味としても受け取れるものだろう。

それでも、ぼくはどこかに期待してしまう。自分が何かをやるのなら

心のこもったものを渡したいと。ーーー

本題

本題に戻ろうと思う。

問いは、僕を助けるのだろうか。

ぼくは、問いかけることで助けられるのだろうか?

問いは、僕を傷つけもする。

でもぼくは、問いかけ続けている。


そろそろ、終わりにして

なにか、別のことに集中する必要があるかもしれない。

だれかこれをよんで発見したことがあれば教えてもらえたらうれしい~のと、いつかはだれかと心ゆくまで面白い何かを作りたい。

淡い夢だ   ・・・

( ῀ᢦ῀ )..