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せめて教訓を得たい

町の不動産屋に勤めていた。
サザエさんでいう花沢不動産みたいな。


お昼を少し過ぎたくらいに来店されたその人はあまりに慣れた感じでズンズンと店内に入り、迷うことなくカウンターの横に置かれた椅子に腰を下ろしたので社長の友人かしら、とこちらもどうもどうもといった感じで近づいてしまったら
「部屋を探しに来た」
というので慌てて接客用の態度に切り替えた、つもりでいたけど最初がそんな感じだったのでいつもよりすこし砕けた感じの始まりになった。

60代のその女性は関本、と名乗りパーマのかかった明るい色の髪に目を引く赤い口紅、肩には三角にしたスカーフを巻いている。

私の最初の接し方がそうだったからか、はたまた関本さんの性格なのか友人と話すように話しかけてくる。

「すぐにでも住める部屋を探してるっちゃけど、ここら辺のことは詳しくないから場所はどこでもいいわ」
と言う。
いくら素早く事が進んでも
申し込み
審査
契約
には一週間は見てほしいし、審査に通らないこともあるし、保証人や家賃保証会社は必要ですよ。
大事なことなので先に確認しておきますけどお仕事は何かされてますか? 
と聞けばここから40分ほど離れたところの地名を言い、そこで2軒のスナックのオーナーをしている。人に任せているから私はどこにいても毎月決まったお金が入ってくるとよ、ウフフと言う。
そうなんですか景気の良い話ですね、と何戸か賃貸の資料を渡すと
ふんふん、と見たあと
「じゃあ、ここで」
とレストランのメニューを指すように2DKのアパート資料を指すので、案内へ行こうとすると
「いや、見らんでいいよ。見積もりだけ頂戴」
という。
後々揉める原因は出来るだけ省きたい。
絶対見ておいたほうがいいです、と強く強くすすめたが必要なし、というので見積もりと申込書を渡すとまた明日来るね、と事務所を出ていってしまった。

イヤな予感しかしないお客様だな、と見送った。

翌日。
前日と同じくらいの時間に関本さんはやって来たが手続きなどはそっちのけで身の上のおしゃべりに終始して帰っていった。帰り際
「私、旦那のDVから逃げてるとよ、分かる?DV?」
えっ、わかります。大事おおごとじゃないですか。と驚いていると
「誰かから問い合わせ合っても私がここに来たことは絶対に言わんでよ、手続きも急いでよ」と言い捨て出ていってしまった。

不安ばかりが積もる。

また数日後やって来た関本さんは今回はガラス天板の接客机の方へドスンと座り、机にガツッと荷物を置いた。
ガラス板が割れてやしないか心臓をバクバクさせながら近づいた。無事だった。
置かれた荷物はヘルメットとスーパーでお買い物をした時に品を入れてもらうビニール袋。今まで気づかなかったがヘルメットを持ってきてるのでバイクで移動しているのかもしれない。
「みついさんちょっと聞いてくれんけ?」
はぁ
「近くに薬局あるやろ?そこで買い物しちょったらよ置き引きにあって、もう全財産盗られたとよ!」
「だから、お金がもう全然ない。入居のお金分割にしてくれん?」
いやまだ、審査もしてないしそれより申込書ももらってないし、分割ってしたことない。
と戸惑っていると
「嘘やと思う?ほらこれ担当の警察の人の名刺」とトランプカードのようにこちらに投げ渡してきた。
「バッグも盗られたから、ほら今日はビニール袋のバッグ、ワハハ」

とはいえスナックオーナーなので毎月入ってくるという例のお金を充ててはどうですか、と提案すれば客の入りが悪くスナックの売上は毎月安定していないと言うので、そもそも最初に聞いた景気の良い話はなかったのだなと悲しい気持ちになったりしながら何も始まっていないのに問題だらけの関本さんとおしゃべりを続けた。

とりあえず私では決められないのですべての事情を説明して上司と家主さんと相談します、と申込みをもらった。

関本さんは通らないだろうと思っていた家賃保証会社の審査に通り、上司も家主さんもそれならまぁ、と言うので急ぎで契約書類なんかを作ろうと物件現地へ行って不備はないかチェックをしたり書類に必要な箇所の確認や畳襖の搬入の打ち合わせを業者さんとしていたところで関本さんから「やっぱり地元がいいわ」と全てキャンセルの連絡が来た。

嵐。

関本さんの話に嘘が1つくらいあったかもしれない。
または本当の事が1つくらいあったかもしれない。


とにかく人を急かせる人は要注意、とそれ以降、特に仕事の中では胸に刻んでいるしそれはまぁまぁ間違っていないことが多いので教訓をありがとう関本さん、とせめて費やした時間の供養のために思いたい。



気に掛けてもらって、ありがとうございます。 たぶん、面白そうな本か美味しいお酒になります。