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おばあちゃんへの手紙 エピローグ01


夢を見た。



辺り一面夕焼けに染まっている。

どこか見覚えのあるような
懐かしさを感じる街の中だ。


隣には我が愛する細君がいて、
一緒に歩いている。

ふと私は気づいた。

これは夢だな、と。


夢を夢と気づいて見るものを
明晰夢というそうだが、
その類いのものだろう。


好奇心が湧いて、
隣の愛に確かめてみた。


「これ、きっと夢だよね。」

「うん、そうかもしれないね。」
あっけらかんとした声が返ってきた。


「良いこと思いつきました!パパさん、
どうせ夢ならば贅沢しませんか?」

「えっ、う、うん。」と、
意表をつく申し出にドギマギしていると、


「あそこのコンビニで
1番高い肉まんを買いましょう。」

私は思わず吹き出してしまった。

どんな贅沢を提案してくるかと思えば
どこまでも可愛い細君である。


私も鷹揚に頷いて
「いいねぇ。とびきりの贅沢だ。」と
その誘いに乗った。


結局、1番高い肉まんは
“プレミアム黒豚肉まん”ということになり、
それを2つ購入し、食べながら街を歩いた。


「ママさん、さっきから思ってたんだけど…
この街、昔自分が小さい頃
住んでいた街のような気がするんだ。

だからそこを曲がっていくと
確か母さんとおばあちゃんが
よく2人で買い物に行っていたスーパーが
あったような気がする。」

案の定曲がった先にスーパーがあった。

「ほらね。
“スーパーベニー”というのか。
名前までは知らなかったな」

「すごい、本当にある…」
愛がきょとんとしている。

「ということは、
このスーパーの裏手によく遊んだ公園が
あるはずだ。」

「えー、これ夢ですよね。パパさん…」


「とにかく行ってみよう」と裏手に回ると
なるほどそこには大きな公園があった。


それは交通公園のようになっていて、
子供達が貸し出される自転車やゴーカートに乗り
よくできた信号や交通標識に従って
運転して遊んでいる。


「うわぁ、小さい公園かと思ったら
本格的な交通公園、パパさん今度
子供たちも連れてきましょう。きっと喜ぶ。」

愛は興奮気味だったが、
私は驚きと興奮を通り越して呆然としていた。



いくら夢だからって、
こんなに正確にあるものなのか。

交通ルールに従いながら
遊歩道をしばらく行くと、
向こうに鯨のような
大きな黒い佇まいが見えてきた。

よく目を凝らして見ると、機関車だった。


そういえば、
この堂々としたD51の周りで
いつも遊んでいたような気がする。

役割を終えた機関車が
ほんのわずかばかりのレールをもらって、
展示されているのだが、

本物なだけに、
人が作り出す機械って何てすごいんだろうと、

その機械の構造や美しさに魅せられた
最初の体験だったことを思い出した。

「あー、ここが原点か…」


ふと隣を見てみるともう愛はいなく、

D51の前を陣取って
スマホで写真を撮りまくっていた。


「夢なのに…」
という言葉が心にふと湧いたが、
そんな思いはすぐに
くしゃくしゃに丸めて、ポイと捨てた。


そもそも現実だって夢のようなものじゃないか。

固定された実体は何一つなくて、
全て儚く消えてゆくもの。


それが現実だとわかった時から、
自分の中から夢と現実の境があやふやになった。



もっと正確に言うならば、
夢だからといって軽視しないし、
現実だからと言って重要視しない。


全ては変化し消えていく
という同じ法則の土台の上のものならば、
泰然と受け止めていくのみ。


思えば、
愛は幼くして母を亡くしてからずっと、
そのことを誰よりも実感して
生きてきたのではないだろうか。

あれほど実感して疑わなかった母親が、
ある日を境に忽然と消える。

もちろんいかほどの苦しみや悲しみがあったかは
想像を絶する。

その後の生き様や乗り越え方についても
第三者が軽々しく論ずるべきものではない。


しかし、それでも愛を見ていると
誰よりも毎日を楽しそうに過ごしているのだ。


たった今も、
夢かもね
とあっけらかんと喝破しておきながら、
楽しそうにスマホで写真を撮っている。

つまるところ“今”なのだ。

“今”の大切さを誰よりも
実体験を通して知っているのだ。


“今”が消えてしまうことも
当然のこととして腑に落とし、
しかし連続する“今”は裏切る事なく
必ず“在る”ことを自分の信念、
拠り所としている。


故に“今”を
とことん味わい尽くし、
手放し尽くすことを体得しているように見える。

私はふと閃いて愛に声をかけた。

「ママさん、
ということはこの世界に
おばあちゃんと過ごしていた家が
残っていると思うんだけど、探してみない?」

「あっ、そうか。それは是非行ってみたいかも」

「よし、急ごう!
秋の夕陽は釣瓶落とし。
どんどん暗くなっているから。」

「はい、急ぎましょう。」

つい、今さっきまで
スマホで写真を撮っていたことなど
すっかり忘れて乗り気になっている。

まさにこれが、
我が細君の極意であり、
愛すべき美点である。

その後、
夕陽が落ちるのと追っかけっこで
なんとか昔の家に辿り着くことができた。



もちろん昔の家は
現実では私が小学生の頃解体されているから、
まさしくこれは夢である。

そんなことを思い巡らせながら
愛と2人そっと玄関を潜った。

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