(六十三)阿久悠の詞を味わおう『北の宿から』『津軽海峡冬景色』

阿久悠は昭和のヒット曲を沢山作詞した偉大な作詞家である。彼の作詞した歌がレコード大賞を五回も受賞した。その歌を次に掲げる。
・尾崎紀世彦『また逢う日まで』(1971年,34歳)
・都はるみ『北の宿から』(1976年,39歳)
・沢田研二『勝手にしやがれ』(1977年,40歳)
・ピンクレディー『UFO』(1978年,41歳)
・八代亜紀『雨の慕情』(1980年,43歳)
 
これだけでも、すごい受賞歴である。受賞したのは、作詞だけでなく、作曲も貢献していることは明らかである。詞と曲が合っている。また、140万枚以上の売り上げを記録したのは、時代背景も考慮しなければなるまい。
1976年に都はるみが『北の宿から』でレコード大賞を獲得したが、「Wikipedia第8回日本レコード大賞」によると、「審査員の得票は、60人中「北の宿から」が45票と圧勝であった」そして、「作詩賞は、阿木燿子が28票、荒井由実が8票、中島みゆきが5票、阿久悠が4票、みなみらんぼうが2票を獲得し、唯一過半数を獲得した阿木に決定した」とある。
https://ja.wikipedia.org/wiki/第18回日本レコード大賞
 
しかし、この事は阿久悠の詞が阿木燿子のそれより劣っていることを意味するわけではない。受賞できなかっただけに過ぎない。それでは、この詞をみていこう。
 
題名:北の宿から、発売:1976年
作詩:阿久悠、作曲:小林亞星、歌:都はるみ
(一)あなた変わりはないですか、日ごと寒さが募ります
着てはもらえぬセーターを、寒さこらえて編んでます
女ごころの 未練でしょう、あなた恋しい 北の宿
(二)吹雪まじりに汽車の音、すすり泣くよに聞こえます
お酒ならべてただ一人、涙唄など歌います
女ごごろの 未練でしょう、あなた恋しい 北の宿
(三)貴方死んでもいいですか、胸がしんしん泣いてます
窓に映して寝化粧を、しても心は晴れません
女ごごろの 未練でしょう、あなた恋しい 北の宿

「着てはもらえぬセーターを、寒さこらえて編んでます」という言葉が女の状況を簡潔に表現している。寒さに堪えなければならない安宿に泊まっている女は、分かれた(或いは捨てられたと表現した方が良いかも知れない)男の為にセーターを編んでいるのである。セーターを編みながら男の事を繰り返し繰り返し思い出している。
この宿は豪雪地帯にあり、吹雪は激しくまた風の音は泣くが如くに聞こえるのであろう。寂しさと寒さに耐えかねて酒を飲みながら歌を歌ってみたものの、やはり男を忘れられない。
私が自殺したことを知ったら、私の事を憐れに思ってくれるかしらと思う。死化粧ならぬ寝化粧をしたものの、やつれた姿では、美しくも見えないので、心は晴れないのである。
男に捨てられたと推測できるが、男への恨みの言葉が述べられていないのは、それを言いたくないからである。「女心の未練でしょう」と未練を自分に言って聞かせている。このため、「女の未練」がテーマとなっている。

以上が、歌の説明であり、同じく、「wikipedia北の宿から」によれば、
阿久悠は「僕は強い女を書いたつもりだったのに、怖い女あるいは悲しい女を描いたと受けとられた」
https://ja.wikipedia.org/wiki/北の宿から
 
と述懐しているらしい。しかし、上の歌からは「強い女」をイメージすることは困難であろう。更に引用すると、
「別れた男性のセーターを編む」というのは別れにケリをつける若い女性の儀式であり、「死んでもいいですか」は自嘲気味のひとり芝居というようなイメージだったという」
 
上述の点については、賛成出来るが、それが未練という形に現れる事を歌ったものと解釈したい。
阿久悠の詞の特徴を知るべく、同じく北国の景色を歌ったヒット曲『津軽海峡冬景色』を見ていこう。発売は翌年の77年であり、またも、ミリオンセラーの歌を送り出している。
 
題名:津軽海峡冬景色、発売:1977年
作詩:阿久悠、作曲:三木たかし、歌:石川さゆり
(一)上野発の夜行列車降りた時から、
青森駅は雪の中。
北へ帰る人の群れは、誰も無口で、
海鳴りだけを聞いている。
私も一人連絡船に乗り、
凍えそうなカモメ見つめ、泣いていました。
ああ津軽海峡冬景色。
(二)  ごらんあれが竜飛岬北のはずれと、
    見知らぬ人が指をさす。
息でくもる窓のガラス、ふいてみたけど、
はるかにかすみ見えるだけ。
さよならあなた私は帰ります、
風の音が胸をゆする、泣けとばかりに。
ああ津軽海峡冬景色。
 
此の歌は1977年に作られたのであるから、上野発の夜行列車で青森駅へ行き、そこから青函連絡船で函館まで行く話を歌にしたものだ。現在では東北・北海道新幹線で行けるため、この歌が段々馴染のない歌になっている。
登場人物は北海道に関わる人たちである。皆黙って連絡船に乗り込む。「凍えそうなカモメ」と表現しているが、凍えそうなのはカモメではなく、それを見ている「私」である。私は、連絡船に乗って北海道へ帰るのだ。
津軽海峡を進めば進むほど、男のいる本州は遠い存在となる。振り返れば、竜飛岬の霞んで見えることがそれを象徴している。北風が強く顔にあたり、風の音が寂しさを増幅させる。
 
これらの歌の特徴は、内容が簡単であり、難しい言葉がなく、凝った言いまわしもなく、具体的で平明な言葉で情景を端的に表現している事にある。
着てはもらえぬセーターを寒さこらえて編んでます
  北へ帰る人の群れは誰も無口で
  風の音が胸をゆする泣けとばかりに

今回はこれで、止めておこう。


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