見出し画像

でも この街が 好きよ

3ヶ月ぶり

 前に書いたハゲの薬、処方してもらうのは1ヶ月分なのだが、騙し騙し飲んでいてもそろそろ残りわずかとなったので、3ヶ月ぶりに皮膚科のあるこの街に来た。本当はちゃんと毎日飲まないとまたハゲてくるのだろうけど、いまのところ、その兆候はないのと、毎日飲むとどうも体がしんどくなるような気がするので、これくらいのペースにしておく。そりゃだって、1回死んだ毛穴をこれだけこちらの世界に呼び戻すのだから、かなり強い効果もあるのだろうし、無理は禁物ということで。

 前回きたときは夕方だったが、今日は午前中の診療時間に来た。メトロを乗り換え、40分くらいかけて降り立つ。

 街を歩く。懐かしい。ほんの5ヶ月ほど住んだだけだけど、見る物すべてにいろんな思い出がある。住んでいたマンションはもちろん、次男と通った通学路、公文に連れて行った商店街、駅前の交差点…。新しい店ができていたり、通っていた店が閉店したり。ほんの少しの時間を空けただけでも、街は変わっていく。ずっと住んでいたら、そんな移ろいは当たり前のものとして通り過ぎるだけなのだろうけど、もうたぶんここには住むことはないのだろうなという感傷も相まって、通りを歩いているだけでなぜか泣きそうになる。森高千里の歌に「この街」という名曲がある。あれは生まれた街を歌った歌詞だけど、街への思い入れって、こんな短い期間であっても生まれるのだなとか思ったりして。

退路を断つ

 薬は無事にもらい、昼飯をどこで食べるか悩んだ挙句、結局3人で住んでいた頃によく行った駅下の中華屋に。いつもは五目チャーハンばかり頼んでいたが、今は近所の外食がバーミヤンに限られることもあり、チャーハンはバーミヤンに任せるとして、坦々麺セットを頼む。

 写真でか。
 汁を飲みすぎたのかして、帰りちょっとウプっとなってしまった。

 店を出て、これまた前に子供を学校に送り届けた後、朝ごはんをよく買っていた駅前のパン屋に入る。そして、好んでよく買った半生チョコをおやつがわりに。朝のアップルデニッシュも合わせて。もう来ることはないと思ってポイントカードは捨ててしまったけど、置いておいたらよかった。

 帰りながら頭の中は「この街」がグルグル回っている。

「みんな消えてゆく 空に浮かぶ白い雲のように」

 一人で東京にいると、いつもこの選択で良かったのかと考えてしまう。

 東京に行くと決めたことで、家と車はなくなった。というか処分した。子供の学校。次男はたぶん行くことになっていただろう近くの学校ではなく、東京の学校を経て、今の学校に転入した。苦労をかけている。長男の学校。これは分からない。東京行きがないまま関西で高校受験をしていたら、今の学校には縁はなかったかもしれない。保証がないから。関東で保証があったからトライできたというのも一面あると思う。

 先の上司との面談で、大阪に戻りたいかどうかと問われ、悩んだが、今戻るくらいならそもそもこちらには来ていないと答えてしまった。ここらは妻とすり合わせた上での返事だったが、そうなるともうよほどのことがない限りは戻ることはないだろう(といっても何が起こるか分からないのが今の会社の実情だが)。

 そんなこと言い出したら、そもそもどこからやり直しておけばよかったのかとかなってしまう。受験編の続きは書けてないが、入った中学、文理選択、大学、学部、資格、アルバイトなどなど。一駅前で降りて歩いて帰るときに、就活のときに来た会社のビルの前を通ることもあり、結局そこはあと少しと言う段階で落とされたのだけれど、そこに縁があったらやめていたのか。今の会社は第一希望ではあったので、そこまでは続けていたのか。あの時つけていたブログを今も持っているけど、読み直しても当時の自分は必死すぎて、どうしていたかは分からない。今の会社に内定をもらった時の喜びだけは素直で微笑ましいけど、20年ちょっと先にこう言う気持ちでいるというのは絶対に分からなかっただろうし。当たり前だ。こういう気持ちというのは、後ろ向きばかりというわけではなく、いろんな気持ちがないまぜになってということ。将来への不安は強いけど、それは自分に起因したものではないし、少なくとも自分についてはきっとまだ恵まれた環境に置かれているはずなのだろうから。

 ま、とりあえず今週は土日どちらも仕事なので、しっかり休むべしか。さっき買った半生チョコをコーヒー牛乳でも入れて飲むか。晩飯もそこで火にかけるだけでできる豚肉と白菜の鍋みたいなの確保しているので。

 じゃあ、もう一回「この街」聞こ。あるいは聞いたらこの上なく寂しくなる80年代シティポップ特集かなw

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?