見出し画像

第41回横浜市招待国際ピアノ演奏会 <交流会>および取材会レポート


第41回横浜市招待国際ピアノ演奏会

開催日程:2023年11月3日
会場:横浜みなとみらいホール小ホール
主催:横浜みなとみらいホール(公益財団法人 横浜市芸術文化振興財団)
共催:横浜市
協賛:株式会社ヤマハミュージックジャパン、日本ゾーディアック株式会社、株式会社ランディックス
後援:(一社)全日本ピアノ指導者協会
企画:横浜市招待国際ピアノ演奏会企画委員会


毎年秋に横浜市で開催されている「横浜市招待国際ピアノ演奏会」。後述の公式HPによると、この演奏会は世界中から将来を嘱望される才能を発掘し広く紹介することを目的に、故山岡優子先生の熱意により1982年に横浜市及び横浜市教育委員会の主催で創設された。今年で第41回となるが、これまでに紹介してきたピアニストは200人近くに上り、その多くの方が今も各国で華々しく活躍されているそうだ。
また期間中には演奏会の他にも交流会やマスタークラス など、市民との交流を大切にした企画も多数実施されている。

今年も4名のピアニストが招待され、2023年11月3日(金・祝)に横浜みなとみらいホール小ホールにて「第41回横浜市招待国際ピアノ演奏会」が開催された。


本記事では、その前日に行われた交流企画の一つである小・中学生との交流会取材会についてのレポートを中心にお送りする。



小・中学生との交流会「ピアニストってどんな人?」


♦︎2023年11月2日(木)17:00~18:00
♦︎横浜みなとみらいホール レセプションルーム


今回出演されるのはこの4名のピアニスト。

🎹アンナ・ライレルさん(ロシア/オーストリア)
🎹アルテム・クズネツォフさん(ロシア※在米)
🎹イェーデン・イジク゠ドズルコさん(カナダ)
🎹務川慧悟さん(日本)


☆ピアニスト紹介ページ


全面ガラスの向こうに広がる海と巨大な建物群。開放的で先進的という横浜を象徴するような光景を背に、室内にはヤマハのグランドピアノが置かれている。集まった子供達はこの贅沢な光景にまず驚き、それからゆっくりと雰囲気を楽しんでいるようだった。
開演時間の17時には、窓外はすっかり夜のとばり。いよいよ憧れのピアニストに会えるとあって、着席して待つ子供達の間にも静かな緊張感が漂う。
司会の方がマイクでご挨拶と「横浜市招待国際ピアノ演奏会」の説明をした後、ついに4名のピアニスト達が登場した。


🔶まずは演奏者のピアノ演奏が披露された


🎹 アンナ・ライレルさん(ロシア/オーストリア)

 ・リスト:ハンガリー狂詩曲第6番

踊るように軽快なテンポや哀愁たっぷりなメロディなど、多彩な場面が展開される。目の前で繰り広げられるオクターヴ奏法や速いパッセージに、子供達の目は釘付けだった。

「出身はロシアですが、今はオーストリアに住んでいます。日本は初めてで来てまだ間がないですが、とても良い雰囲気だなと感じています」

アンナ・ライレルさん(撮影:Mさん)



🎹アルテム・クズネツォフさん(ロシア※在米)

・チャイコフスキー(プレトニョフ編):バレエ『くるみ割り人形』より「金平糖の精の踊り」「ロシアの踊り」

「金平糖の踊り」の素朴で可愛らしいメロディに子供達の心はぐっと惹きつけられたようだ。「ロシアの踊り」では曲に合わせて体を揺らしながら聴いている姿も見ることができた。

「私もロシア出身で今はアメリカに住んでいます。日本に来るのは今回が初めてですが日本食が好きです。もうすでにクリスマスツリーが飾られていることに少し驚きましたが、それもあって(クリスマスに関係のある)この2曲を演奏しました」

アルテム・クズネツォフさん(撮影:Mさん)



🎹イェーデン・イジク゠ドズルコさん(カナダ)

・フォーレ:無言歌第3番作品17
・スクリャービン:エチュード嬰二短調第12番作品8

朝の静かな港を思わせるような穏やかなフォーレに心和ませていると、次に始まったスクリャービンは強風が吹きすさぶようなドラマティックな展開。その世界観の違いに子供達は身を乗り出し聴き入っていた。

「私も日本は初めてです。皆さんがクラシック音楽に興味を持ってくださることが何よりも嬉しいです。今日は楽しんで行ってください」

イェーデン・イジク゠ドズルコさん(撮影:Mさん)


🎹務川慧悟さん(日本)

・ドビュッシー:前奏曲集第2集より花火

目まぐるしく変化し縦横無尽に駆け巡る音。ある時は夜空に開く大輪の花火のように雄大で、ある時はねずみ花火のようにくるくると回り、ある時は線香花火のようにポットリ落ちる。子供達もきっとそんな想像を巡らしていたと思う。皆さんとても熱心に聴いていた。

「日本に来るのは100回目くらいかな(笑)。普段はフランスのパリに住み日本と行き来していますが、帰国すると僕も日本食を楽しみにしています。皆さん、ピアノを習っていると聞き嬉しいです」

務川慧悟さん(撮影:Mさん)


🔶続いて質問タイム!

演奏に集中していた子供達は、質問タイムになると待ち構えていたように一斉に手を上げた。

👦僕はピアノが大好きですが、どうしてもコンクールになると練習が長くなるので、ピアノがあまり好きじゃなくなってしまいます。どうしたら好きなままでいられますか?

(イジク゠ドズルコさん)僕自身も同じような経験をしたことがあります。コンクールのことを考えずに、音楽そのものを考えて練習したり、自分が音楽をどれだけ好きなのかという気持ちを考えて準備したらいいと思います。

(クズネツォフさん)どうして自分が音楽をするのか、ピアノを弾いているのかという意味
を考えるのがいいと思います。コンクールの場であっても自分の好きな音楽を他の人と共有するのが目的という本来の意味に戻ってみてはどうでしょうか」

👧どうやって練習したらいいですか

(ライレルさん)基本的なことだけど大切ですよね。何時間練習するかではなく、どのように練習しようか、どういう目的を持って今日は練習しようかと考えることが一番大切だと思います。

(務川さん)難しいですね。(子供に)ピアノ弾くの好き?(子供頷く)
練習前にまず5分頭の中で、今日はこう弾きたいとか、弾けるようになろうとイメージして、その後それを実現するために練習するようにしてみてはどうかな。練習後の上達がより感じられると思います。

👧ピアニストになろうと思ったきっかけはなんですか

(ライレルさん)私にとってピアノや音楽はずっと身近だったのですが、自分の中でその存在がだんだん大きくなって、次第に私の生活の一部になり人生の一部になり今に繋がりました。

(クズネツォフさん)家族が音楽家なので、音楽をやるのは自然なことでした。練習のために友達と遊べなかったのは不満でしたが、ピアノに向かうと気持ちが晴れて楽しくなりました。曲の中にいろんな世界がありそこに入っていけるという経験をして、今の自分があります」

(イジク゠ドズルコさん)
ピアノを始めた頃は、他にスポーツなどもしていたのでピアノの比重は大きくなかったのですが、15歳くらいの時に音楽に集中したいと思うようになりました。ピアノの世界に入ったのは人前で演奏するのが楽しかったからです。

(務川さん)
母がピアノの先生だったので3歳くらいから始めました。中学3年の時に学生音楽コンクールで全国1位になれたことは大きなきっかけですが、小学生の時に音楽の授業が終わった後などに友達に「弾いて」と言われて弾いたのがとても楽しかったという経験が大きいです。1人で弾くより人前で弾く方が好きなので、これが職業になったらいいなとずっと思い続けていました。

質問に答える4人 ©藤本史昭

👦小学生の時は一日どれくらい練習していたのですか?

(ライレルさん)状況にもよるけど多くて2時間くらいかな。

(イジク゠ドズルコさん)小学生の頃、両親に毎日1時間練習するようにと言われていました。

👧ピアノで一番好きな曲はなんですか?

(クズネツォフさん)難しいですね。その時によって違いますが、いつも今練習している曲が好きです。練習に時間を費やすので、やればやるほど好きになるし、今度は何を弾こうかなと曲が変わると、またそれが好きになります。

(務川さん)ショパンの幻想ポロネーズって知ってる? 聞いてみて。一曲挙げるならこの曲かな。他にもあと100曲ありますけどね(笑)。

👦コンクール前に気をつけていることはなんですか?


(イジク゠ドズルコさん)コンクールの準備は1人で練習することも大切だけど、友達や先生など人前で通して弾いてみること。慣れるのが大切です。

(ライレルさん)準備している曲を先生や音楽仲間だけでなく、色んな人達の前で演奏して慣れることが大切だと思います。一番大切なのは楽しむことと面白がること。音楽に入り込んで楽しんで演奏することが大切だと思います。


👦僕は月光の第3楽章を練習しているんですけど、どのような雰囲気で弾いたら良いでしょうか。

(クズネツォフさん)月光ソナタと呼ばれていますが、月は見ないで(笑)。まずインターネットやCDなどで良い演奏を探してください。僕自身はロシアの地方で育ち、そこにあったレコードでリヒテルとギレリスという2人の偉大なピアニストをずっと聴いてきました。その後ラフマニノフが演奏した録音を聴く機会があったのですが、まさに目が覚めるような感覚になったのを覚えています。色んな演奏を聞くことが大切で、多くの音楽に触れどれが好きかを知り、自分の音楽を広げて行くと良い演奏が出来ると思います。

(務川さん)ベートーヴェンの時代のピアノはファからファ、だいたい5オクターヴしかなかったのです。当時の楽器での演奏を聞くと勉強になりますよ。例えば月光の第1楽章ベートーヴェンはペダルを踏みかえるなと言っているんですが、当時の弱い音しか出ないピアノだと、それで綺麗に響いて行く。そう言うのを録音などで聴くと参考になるし、考え方も変わるかもしれないと思います。

👧ピアノを何歳からはじめましたか

(ライレルさん)4歳です。最初のピアノの先生は母で、5歳になって専門の学校に通い始めました。

(クズネツォフさん)私は母がピアノの先生だったので、5歳から習い始めました。7歳からは専門の学校に通い始めました。

(イジク゠ドズルコさん)僕は6歳で、最初のピアノの先生は父親でした。

(務川さん)僕は3歳で自分の母親が先生でした。幼稚園の頃はバーナムを毎日1冊全部弾くのが日課で、終わると「1冊弾いたよ」と自慢していました。

質問タイムはここで終了。最後に子供達へのメッセージが一人一人から贈られた。

(クズネツォフさん)今日は未来ある皆さんの前で演奏とお話しができ、とても楽しかったです。皆さんも自分を信じ、やりたいことを一生懸命頑張ってください。ありがとうございました。

(ライレルさん)沢山の質問をありがとうございました。音楽を楽しみながら努力をすることで、さらに出来ることが増えると思うので、諦めずに頑張ってくださいね。

(イジク゠ドズルコさん)今日はありがとうございます。一生懸命練習することで将来に繋がって行くと思います。皆さんのこれからの未来を楽しみにしています。

(務川さん)皆さんが沢山質問してくれたし、ピアノが大好きなのが素晴らしいと感じました。 まずは楽しむことが大事。もちろん練習では苦しいと感じる時もあると思いますが、僕もそうだったし、ここにいる3人も他のピアニスト達も多分同じだったはず。
一生懸命音楽をやった経験は、絶対将来生きると思います。音楽を知っている人ならではの考えが、大人になってから色んなところで生きてくる。楽しんで、苦しい時も好きな音楽のことを考えながら頑張って欲しいと思います。


ーーーーーーーーー★

たっぷり1時間の中身濃い交流会は、子供達の心に深く残ったようだ。終了後に、何人かの子供達にお話を伺うと、

「色んなピアニストの方の演奏とお話を聞けて楽しかった
目の前での演奏が迫力あった
「激しい曲でも音を外さないから驚いた。皆さんが自分のピアノに自信を持ち、自分の人生がピアノだと語っていたことが凄いなと感じた」

と、興奮の面持ちで楽しそうに話してくれた。

憧れのピアニストとの交流(撮影:Mさん)


取材会


交流会後に取材会が行われ、引き続き4人のピアニストが各社からの質問に答えた。まず交流会についての感想を問われ4人は「楽しかった。子供達にとっても貴重な経験となったのなら嬉しいです」と顔をほころばせた。

若い世代や一般の聴衆にどのようにクラシック音楽を伝えて生きたいか、という話題では皆さんが自分の考えを熱く披露してくれた。
クズネツォフさんは「曲の説明や意味、自分との繋がりを直接お客様に話すようにしています。音楽は知れば知るほど興味を持てるものだと思うので、そのきっかけになれば。知識として教養としてみなさんの中に残っていただければ嬉しいです」と語り、ライレルさんも「歴史やその曲の持つイメージ、その曲に対する考えを伝えていくことが大事かなと思っています」と微笑んだ。
イジク゠ドズルコさんは「いかに新しい聴衆を取り込むかは、コンサートの企画をする方にとって共通の課題。自分から話しかけたり説明したり、もっと近代的なコンサートの形を打ち出していかないと理解してもらえないのではないでしょうか。あまり専門的にならず、作曲家や演奏家個人と曲の繋がりといったパーソナルな面を絡めながら曲の特徴などを説明するのがよいのではないかと思っています」と提案した。
務川さんは「クラシックの世界は入口は簡単に入れて、中の世界はものすごく深いという形がいい」と語る。その上で「クラシックを聞くにはやはりある程度のトレーニングが必要。良い知識はとても良い入口になるので、演奏会の時に曲の説明や個人的な思いを話すとか、SNSで曲について書いたりすることを意識的にするようにしています」と現在の試みについて触れ、さらに「今後はヨーロッパや音楽などについて、上の世代の方から教えていただいたことと自分の経験を良い形で伝えていくことに時間を割きたい。教育と演奏で伝えていくのが今後の目標です。」と思いを披露した。
一方で、自身が音楽知識も少ない子供時分にベートーヴェンの熱情を聴いて「かっこいいと思った」という感動を例に挙げ、音楽知識は無くても「まず簡単に(クラシックの世界に)入ることができれば、そこからどう深めていくかはどれぐらいハマるかによって変わって来る。知れば知るほど面白いという世界だったらいいなと思っています」と知識の深さに関係なく、クラシック音楽が魅力的な世界であることを重ねて強調した。

横浜の夜景と共に ©藤本史昭


演奏会


♦︎2023年11月3日(金・祝)15:00
♦︎横浜みなとみらいホール 小ホール

翌日の演奏会は、発売から早々に完売となった注目の公演。数日前から横浜入りし、様々な企画に参加していた4人のピアニスト達もリハーサルを経ていよいよ迎えた演奏会。それぞれの個性を発揮した素晴らしい演奏は満場の聴衆を魅了し、大きな拍手が沸いた。ピアニストの皆さんも誇らしげな表情で拍手に応え、アンコールの連弾でも楽しんで弾いているのが伝わってきた。充実の演奏会に聴衆の皆さんも大満足の様子で、感動を口々に語りながら会場を後にしていた。
横浜の海と青空のように、爽やかな気持ちで満たされた演奏会だった。

🎹アンナ・ライレルさん

・スクリャービン:7つの前奏曲 作品17
ヒナステラ:アルゼンチン舞曲 作品2
リスト:ドン・ジョヴァンニの回想 S 418 (R 228)

「今回のコンサートではプログラムの組み立てを任せていただけたというのがとても幸せなことでした。曲のバランスや色々なテクニックを見せられるもの、サウンドに違いがある3曲を選びました」

🎹アルテム・クズネツォフさん

・グラナドス:《ロマンティックな情景》より〈マズルカ〉〈子守歌〉
・リスト:ハンガリー狂詩曲 第6番
・メトネル:《忘れられた調べ》作品38より 〈祝祭の踊り〉〈回想的に〉
・ラフマニノフ:東洋のスケッチ
・ラフマニノフ:断章 遺作
・ラフマニノフ:前奏曲 ニ短調 TN ii/19/1
・ラフマニノフ:練習曲集《音の絵》作品39より 第9番 ニ長調


バランス良いプログラムを心がけました。色々なミュージックスタイルや時代も感じていただきたいということを心に留めて選びました」

♪アンコール
(プリモ:ライレルさん/セコンド:クズネツォフさん)
V.ガヴリーリン:バレエ音楽《アニュータ》より〈タランテラ〉

🎹イェーデン・イジク゠ドズルコさん

・スクリャービン:ピアノ・ソナタ第4番 嬰ヘ長調 作品30
・ラヴェル:《鏡》より〈洋上の小舟〉
・アムラン:練習曲第12番 変イ短調 《前奏曲とフーガ》
・ショパン:スケルツォ第1番 ロ短調 作品20

曲のコントラスト、違い、バランスなどに配慮しつつ、自分の好きな曲を選びました。今回カナダ人作曲家で、自分がすごく尊敬し憧れているアムランの作品を入れました。カナダ的な世界観を日本の観客の皆さんと共有できるのが楽しみですし、作品を好きになってもらえたらと思っています」

🎹務川慧悟さん

・レーガー:前奏曲とフーガ ニ長調 作品99の2
・J. S. バッハ(ブゾーニ編曲):今ぞ喜べ、愛するキリストのともがらよ
・J. S. バッハ:半音階的幻想曲とフーガ BWV 903
・J. S. バッハ(ブゾーニ編曲):シャコンヌ

チェンバリストとしてのバッハとその周辺の音楽で組んでいます。バッハは偉大な作曲家ですが、テクニック的にも当時最大の鍵盤奏者でした。バッハの精神性は語られることが多いですが、ヴィルトゥオージティというのがどういう影響を後世に与えたかということにフィーチャーしました。ブゾーニ編のシャコンヌは、ヴァイオリンの名曲を多分バッハが現代ピアノを見ていたらこういう風に書いたのではないかなと思えるくらいに完成度高く編曲されたもので、僕が大好きな作品。半音階的幻想曲とフーガは5オクターヴくらいしか使わないんですが、近代のものと並べても全く遜色ない作品です」

♪アンコール
バッハ:管弦楽組曲第4番 ニ長調BWV1069(M.レーガー4手ピアノ編)
・メヌエット
(プリモ:務川さん/セコンド:イジク゠ドズルコさん)
・レジュイサンス(プリモ:イジク゠ドズルコさん/セコンド:務川さん)

4人のピアニスト達(撮影:Mさん)
横浜みなとみらい










この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?