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芸術の秋ー務川慧悟・ピアノリサイタル(於コピスみよし)&ちょっとだけマスタークラス


2023年11月最終土日の2日間に亘り、務川慧悟さんによる〈公開マスタークラス〉と〈ピアノリサイタル〉が行われました。
幸いにも両日とも足を運ぶことができたので、そのレポートをお送りします。
25日(土)は北風が冷たかったが、抜けるような青空に紅葉が輝く美しい晴天、26日(日)は朝から細かな雨が降っていたが公演前後は止んでおり、伝説を軽ーく更新できる「晴れ男」効力発揮の両日でした(笑)。
今回のレポートは、26日のリサイタルを中心に、間にマスタークラスのこぼれ話を挟むという形をとっています。教育者としてヴィルトゥオーゾとして、務川さんの魅力を両面から堪能できる素晴らしい2日間でした。






務川慧悟 公開マスタークラス

⚫︎公演日: 2023年11月25日(土)
⚫︎開演: 15:00 (開場 14:15 )
⚫︎終演:18:00
⚫︎会場:コピスみよし(三芳町文化会館/埼玉県)

務川慧悟 ピアノ・リサイタル

●公演日:2023年11月26日(日)
●開演:15:00(開場 14:15 )
●会場:コピスみよし(三芳町文化会館/埼玉県)


この日のプログラムは、秋から冬にかけてのリサイタルのために用意されたAB2つのプログラムのうちのB公演で、10月21日軽井沢大賀ホール公演でのお披露目に続く2公演目だった。私は初めてお聴きするので期待が膨らむ。

🔸シューマン

最初の曲は〈子供のためのアルバム Op.68より 第30番『無題』〉。2020年9月11日に浜離宮朝日ホールで開催され、務川さんの東京ホールデビューとなったリサイタルの3曲目に演奏された曲だ(ちなみにその時のラストの曲はラフマニノフ:コレルリの主題による変奏曲 ニ短調 Op.42)。その後は務川さんのリサイタルではアンコールで演奏されることが多かった。つまりここ最近はリサイタルを締めくくる曲として登場していた。
2022年12月20日浜離宮でのアンコール前に務川さんはこの曲をこう紹介している。

「今日の公演の一大イベントは、ラヴェルというよりもシューマンでした。シューマンの狂気の世界を聴いていただいたので、アンコールのもう一曲は皆さんがいい夢を見られるように、安らかな曲を演奏したいと思います」。

シューマンの暗い内省の森に分け入る前に、まずは心身をリラックスさせる準備運動というわけでもないだろうが、シューマンの陽の部分をまずほっこりとお聴きする。と同時に、昨年のクライスレリアーナでのシューマンの2面性を思い出しそっと気を引き締めた(笑)。
〈4つの夜曲 Op.23〉。最初は一歩一歩進んで行くような「葬列」。クライスレリアーナでの酩酊を思わせるフラフラした足取りと異なり、訥々とした歩みではあるが堅実な調べだ。共通するのは推進力。先へと進んで行く。
先日シューマンの〈ダヴィッド同盟舞曲集〉を演奏した森本隼太さんが「(ダヴィッド同盟舞曲集は)喜びと悲しみの箇所をはっきり分けることは難しい。悲しみの中にも僅かな喜びが見えるからそれが喜びという表現になっている」と仰っていたのを思い出し、シューマンの複雑な心の内を測る。煌めくような明るさの中、わざと濁るような音が覗く。「独唱つきの輪唱」での逡巡と深い思索。華やかなテクニックも良いが、今回の務川さんのリサイタルシリーズでは、こうした内面の表現を特にお聴きしたいと思った。

🔸ドビュッシー

打って変わってドビュッシーは描写の世界。〈前奏曲集 第2集より〉「3.酒の門」

標題はスペイン・グラナダのアルハンブラ宮殿に実在するワインの門の名前に由来する。ドビュッシーは、マニュエル・デ・ファリャ(1876-1946)やリカルド・ビニェス(1875-1943)といったスペインの作曲家から、この門の載ったハガキを受け取り、その光と影のコントラストに触発されたという。

ピティナ・ピアノ曲事典 https://enc.piano.or.jp/musics/22378

シューマンの内面的世界から印象派的描写世界への転換にハッと目が覚めるような感覚になった。ハバネラのリズムによるベースが醸し出す強烈な迫力。務川さんの演奏には獰猛さすら覚えゾクゾクした。

前日のマスタークラス でいわゆる「ニュアンスやセンス」についての質問があった。務川さんは「ラヴェルのニュアンス」について「ラヴェルは楽譜の指示をもの凄く正確に書いた人」と指摘し、まずは楽譜を丹念に読み込むことを提唱した。音量のニュアンスについても、ラヴェルやドビュッシーの場合大切なのは、とにかく徹底して細密に記譜を読み込むことと務川さんは重ねた。
話の中でご自身が留学で感じたフランスでの音作りの傾向、例えば和声をより重視していることなどを例にあげ、楽譜の後ろにある文化理解の大切さを説いていたのも印象深い。
さらに挙げたのは、この曲のハバネラのように、曲に通底するリズムの重視、形式の保持。
ニュアンスというと、私なぞはなんとなく曖昧なイメージで捉えてしまうがそうではなく、まず楽譜に指示があり、さらにその背景に文化や歴史があることの理解が必要なのだニュアンスやセンスは知識と経験の積み重ねによって作られるのだということを、理論立ててきちんと務川さんが説明していたのを思い出す。

「5.ヒース」の清らかさには言葉を失った。務川さんが描くのは、空も大地も果てしなく広がる荒野の中で風に揺れるヒースの群生。何の思惑もない、ただ存在する清浄な世界に涙が滲む。
「10.カノープ」で奏でられるのは古の世界。
「12.花火」の完成度の高さはもう十分知っていたつもりだったが、いやあ何度お聴きしても本当に凄い。誰でもこの曲はこの人! というのがあると思うが、「花火」は務川さんしかいないと強烈に思う。私にとっては他は考えられない。

マスタークラスとリサイタルの看板


🎤後半はトークから

「こんにちは務川慧悟です。
本当に寒いですねえ。今日はびっくりするほど寒かったので、コンビニでカイロを買いました。実はピアニストなのに冷え性なんです。もし1つ願いが叶うなら冷え性を治して欲しいとお願いしたいです(会場笑)。
昨日は公開レッスンを行いました。クローズドなどでしたことはあるのですが、公開というのは僕にとってはほとんど初めての経験です。3時から6時まで3人の受講生を公開レッスンし、僕も緊張しましたが刺激になりました。
レッスン前にはここで練習もして、昨日からずっとこのホールにいて、この光景もすっかり見慣れました(会場笑)。もう緊張しないかと思ったのにやっぱり緊張するものですね。今も緊張しています。いくらその会場に慣れていても、状況によりますが、いつでも公演の度に緊張します。

さて前半はシューマンの小品と4つの夜曲を。そしてドビュッシーが印象派の頂点にある頃書いた〈前奏曲集第1集〉と〈第2集〉のうち、今回はより陰のある〈第2集〉から4曲を演奏しました。
後半の全体テーマとしては、今年の頭にこのホールで反田恭平さんとの2台ピアノのコンサートを行った時に得たホールの印象に基づいて構成しました。
音数は少なく暗い印象の作品が多いかもしれませんが、僕が自宅で昔から演奏したり、または素晴らしい演奏のCDを聞いて心の癒しにしてきた作品ばかりです。地味だが強いエネルギーを放っている作品を並べました
(※ここで各作品を紹介されたが、各曲の欄で触れる)。
流れとしてはそんな感じです。
自分が家で練習しているように弾いて、それが公にどれだけ伝わるか
前半は静かな空気を一緒に作っていただき、ありがとうございました」。

🔸ショパン

後半のショパンについて務川さんはトークでこう語っていた。
「ショパンの〈ノクターン 第6番 ト短調 Op.15-3〉は、ショパンがパリに渡った直後に書かれた作品。若い頃に書かれたのですが既に暗さが感じられる作品で、僕も大好きです。〈バラード 第4番 ヘ短調 Op.52〉は晩年の作品なのですが、この頃ショパンは体調が非常に悪く、なかなか大変な時期でした。それでも大きなエネルギーを感じさせる作品です」。

務川さんの珠玉のショパン。
前日のマスタークラスで務川さんは、
晩年のショパンの作品に見られる心情は、過去を思い出すことと〈疲れ〉だと思う」と仰っていた。
バラード4番はきりっとした緊張感をはらんでいたように感じられたが、そこに疲れという視点を見出しながら聴くと、一つ一つのフレーズが不意に立ち上ってきたり、あるいは言葉を濁して引っ込んでしまったりと、より多彩な表情を見ることができた気がした。
務川さんは受講生に向け「部活の後のように」と肉体的疲れとして分かりやすく説明されていたが、「疲れ」といっても様々、「消耗」「気だるい」「倦む」「諦観」「意気消沈」など色んな状態が浮かぶ。これからも「疲れ」の視点はお聞きする上でもポイントになる気がする。


🔸早坂文雄

〈室内のためのピアノ小品集より 第12番、第14番〉
「室内で1人でそっと演奏するために作られたような作品。〈だれでもなく自分のための作品というのはとても日本人的だと思う〉と早坂さん自身のノートに書いてあります。僕も舞台上ではなく、小さな部屋にいるかのように演奏し、そこから何か伝えられたらいいなと思います

華奢で可愛らしい。務川さんがそっと楽しみながら弾くのなら、聴く者としても自分の個人的な領域から素直に感情を引っ張ってきて聴いてみたい。いやもちろんどの曲についてもそうなのだが、より自由に。

🔸ラフマニノフ

「ラフマニノフはロシアを離れ米国に向かい、その後も生涯祖国には帰らなかった。ロシアを離れてからのラフマニノフは作曲数が激減しました。祖国の風景が作曲のインスピレーションになっていたので、離れた状態では作曲するのが難しかったのでしょう。
この曲は亡命後唯一書かれたピアノ曲。技術的にも難しい作品で、全体的に暗さが感じられます」。

繊細に織られた布地のように、緊密に音の糸を張り巡らせた務川さんのコレルリ。高品質で隙がない。エモーショナルで爆発的な変奏が聴く者の感情にストレートに訴えかけてくる。
首を振ったり、腕を高く上げたり、足を大きく引き下げたりと、務川さんの動きも大きくなる。

前日の務川さんの実演でもffを鳴らす時に、首を振る動作をしながらエネルギーを込めたのが見えた。普段の演奏でも見られる動作ではあるが、その時務川さんが音量についての講義をしていたので心に残った。動作も偶然の産物ではない。一音一音が考え抜かれてそれぞれに応じたエネルギーの配分がなされ、その効果的な実現のために動作が生み出される。強烈なエネルギーが放出される時は動作にも表れるのだ。


🔸アンコール

1曲めは務川さんが「落ち込んだ時に弾いた」というブラームス「6つの小品より 第5番ロマンスOp.118-5」。暖かく、心にそっと寄り添ってくれるような調べがじんわりと会場に広がっていく。誰もが自分のために務川さんが弾いてくれていると感じただろう。中間部の妖精の羽ばたきのようなトレモロが心を連れ出してくれ、そっと着地する。夢の終わり。
しかし夢はまだ続いた。2曲めのアンコールとしてラヴェル「水の戯れ」。もう聴き入るとしか言いようがない。「花火」と同様、自分の中では務川さんの演奏が代名詞になっている曲。圧巻だった。


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マスタークラス とリサイタル。教育者として、そしてヴィルトゥオーゾとしての務川慧悟を存分に堪能できた2日間でした。しかも両日ともサイン会があったというのは大サービスではないですか! 貴重な機会に接することができ、務川さんご本人はもとより、関係の方々、コピスみよしさんに感謝しかありません。


そしていよいよABという2つのプログラムを手に務川さんの熱い冬、怒涛の12月連続公演が始まります。
演奏家の体内の蓄積が読譜、技術、思考など様々に影響してくるのは周知のことですが、それは聴衆にも言えることですよね。聴く方も体内の蓄積量が試される。務川さんは「クラシック音楽を聴くにはトレーニングが要る」と横浜市招待国際ピアノ演奏会でのインタビューで仰っていましたが、まさにその通りだと思います。
クラシックの世界は入口は簡単に入れて、中の世界はものすごく深いという形がいい」
務川さんの描く深き世界に1ミリでも近づけるように、少しずつ深度を深めていきたいものです。今回AB2つのプログラムを複数回聴けるということは、ファンの体内蓄積にとっても良い機会になるのではないでしょうか。

♫こぼれ話〈務川さんの珠玉の言葉〉

マスタークラス の内容についてはあまり詳らかにしませんが、務川さんのとても素敵な表現があったので、そこだけ特にそっとお伝えしたい〜。

ベートーヴェンのピアノソナタ第5番、第2主題でのfpでの演奏方法についての説明の時でした。務川さんの表現があまりにも詩的で美しかったのです。

「最初の音を、ホールにfを飛ばすイメージで弾いて。それが減衰し、だんだんディミヌエンドしていき残響が落ち着いてきた時、次の音をpで弾く。ホールの空中で音と音が出会う」

……伝わるでしょうか。

サインをする務川さん


コピスみよしは青空と鮮やかな紅葉に包まれていた



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