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真夏の夜の大阪、メンデルスゾーンに癒されに行く



メンデルスゾーンは好きな作曲家の1人だ。今回推しである務川慧悟さんがソリストとして演奏することもあり、大阪フィルハーモニー交響楽団の<メンデルスゾーン・チクルス~メンデルスゾーンへの旅 Ⅱ>公演に伺った。

素敵なチラシ


<メンデルスゾーン・チクルス~メンデルスゾーンへの旅 Ⅱ>

♦開催日時:2023.8.25 (金) 19:00
♦会  場:ザ・シンフォニーホール
・指揮:尾高忠明
・ピアノ:務川慧悟
・管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団
♦︎曲  目:メンデルスゾーン/交響曲 第5番 ニ長調 作品107「宗教改革」
      メンデルスゾーン/ピアノ協奏曲 第1番 ト短調 作品25
      メンデルスゾーン/交響曲 第4番 イ長調 作品90「イタリア」


🎵メンデルスゾーン/交響曲 第5番 ニ長調 作品107「宗教改革」

私ごときがとても曲について語れるとは思えないので、単なる感想の域を出ないのだが(いつもだろう、というツッコミは置いておいて)、曲と出会い調べることによって、私が今回初めて知ったこともメモしながら書いていこうと思う。もちろん世間的には当たり前なことが多いと思うが、そこは華麗にスルーして行く。

荘厳な宗教音楽のような序奏。その美しさに浸りたいところではあるが、ここには第1楽章のモチーフが出てくる等、ぼぉ〜っと聴いていられないほどに要素満載の重要な内容なのですね。そして弦による「ドレスデン・アーメン」※が出てくる。この楽句も今回初めて知った。プロテスタントの象徴としてメンデルスゾーンが用いたそう。(※6音から成る楽句。19世紀のはじめからドイツのザクセン州で教会の礼拝で合唱により歌われて来た。この楽句は19世紀以降、作曲家たちにより様々な形で使用されている/Wikipedia「ドレスデン・アーメン」より引用)

メンデルスゾーンは晩年のオラトリオ「エリア」に至るまで生涯キリスト教音楽に取り組みます。(彼はユダヤの家系ですが7歳でプロテスタントの洗礼を授かり、両親ものちに改宗します。ドイツ人以上にドイツ人らしく生きることは、啓蒙哲学者の祖父モーゼス以来のいわば家訓でした。)

白石知雄:曲目解説「メンデルスゾーンチクルスⅡ(大阪フィルハーモニー協会、シンフォニーホール)


当日いただいたプログラム冊子にも、メンデルスゾーンの宗教についてこう書いてある。メンデルスゾーンが当時忘れ去られていたJ.S.バッハの「マタイ受難曲」を復活したのは有名だが、彼にとって宗教音楽がとても大きい意味を持っていたのだということがわかる。プロテスタントの象徴としての「ドレスデン・アーメン」やコラールなど、メンデルスゾーンの宗教体験を考えるだけでも感慨深い。
しかし荘厳だけで終わらないのがメンデルスゾーン(と、感覚だけで言ってしまうが)、明るさと楽しさを随所に聴くことができる曲だと思った。第2楽章のスケルツォなど、大阪フィルの皆さんもとても楽しそうに演奏していらっしゃる。第4楽章にはルターが作曲したというコラールも登場し、ますます神聖な雰囲気も高まっていく。尾高マエストロはタクトなしの指揮でオーケストラをまとめ上げ、とても感動的な演奏を聴かせてくださった。金管の咆哮に痺れながら、荘厳な盛り上がりで曲は終わった。


🎹メンデルスゾーン/ピアノ協奏曲 第1番 ト短調 作品25

10分間の休憩の間に、スタインウェイが運び込まれた舞台。拍手とともに現れた務川慧悟さんは燕尾服! 聴衆としても気合が入ります(はい?)。
オーケストラの短い序奏の後、歯切れの良いオクターヴ奏法でピアノが入る。順次進行で推移するトレモロ、目まぐるしく動く指! 務川さんがSNSで発信しているように、この曲はとにかく高速で駆け抜ける曲というイメージだった。


ところが務川さんの演奏を聞いていると、そればっかりじゃないのだ。ルバートや速度変化をつけたり、間を置いたり色をつけたり。第1楽章でもう「これは速いだけじゃない」と思わされる。しかしそうは言ってもやはり高速。鍵盤に覆いかぶさるように向かう推し。両手でのロングトリルがカッコいいなあ。
オーケストラが冒頭を再現してからのちょっとエモーショナルなピアノの場面では、「音を伝えたい」という心が務川さんの表情からも強く感じられた。

第2楽章アンダンテに入ると、その思いがますます強く溢れていたと思う。嵐のような第1楽章からは想像できないような穏やかさ。音の数もシンプルだが、務川さんは一音にじっくりと感情を込めて大切に演奏している。きらめくスケール、透明な音色、オーケストラのメロディを優しく大きく受け止めるピアノ。この清涼感こそメンデルスゾーン! 務川さんは悲痛な表情を浮かべることもあったが、全体的には幸せそうに薄く微笑んでいたように感じられた。

そして再び駆け抜ける第3楽章。不確かな記憶を辿ると、始まってすぐのピアノがスケールを繰り返しつつ、そのスケールが徐々に短くなっていく箇所のラストの音型で、務川さんはちょっと溜めて強調したのだ。ここがとても独特というか、務川さんぽくて「おおお!」となったのだが、伝わらないですよね(笑)。オーケストラと掛け合い、共に盛り上がる。弾き切って腕を振り上げるところがいちいち素敵、とかはいいんですが、首を傾けるところも素敵、とかもまあいいんですが、よく回る指です、乗りに乗り切っています。ラストの、オクターヴ奏法での最終音型、またちょっとスピード落としてフォルテにしたところに、強烈な務川さんの意思を感じた。僅かな間にもキラリ光る個性、務川さんの熱心な譜読みを思う(前日夜も、夜景の素敵なラウンジで楽譜を広げてらっしゃった様子、インスタグラムに上がっていましたね)。

⭐︎インスタグラムからのスクショをそっと……

8/24務川さんInstagramストーリーより



楽譜はこちら(ただし実際に務川さんが使っているのは旧版の表紙のものですね)。

https://www.breitkopf.com/work/4297/piano-concerto-no-1-in-g-minor-op-25-mwv-o-7


「ささっと練習して、ささっと弾きましたよ」とあるべき音楽なんですよ。崇高な音楽だけが素晴らしいわけではなくて、即興的な要素を含んだ当時の生活とともにある音楽で、技巧的には難しいのですが、気負わずに弾くことができればと考えています。思い悩んで創った曲ではないと思うんですよね。

ぶらあぼ https://ebravo.jp/archives/144678

この曲について、務川さんはこのように述べているので、聴く方も基本的にはさらっと聴く、「おお、指回る」「速い〜」というので合っているのかと思うが、そうは言っても、高速テンポで弾き続けることだってそれほど容易なことではないでしょう。それに加え務川慧悟という人は、メロディラインの美しさや崇高さ、メンデルスゾーンのピュアな心などを映し出してくれる演奏をしてくれたと思うのだ。極上の19分だった。


演奏を終え大拍手に包まれる中、尾高マエストロとハグする務川さん。笑顔を振りまきながら退場し、再び今度はマエストロと肩を並べて登場したりもした。
そしてアンコール。
静まり返った会場で、務川さんは一体何を弾くのだろう。

Ec: J.S.バッハ イタリア協奏曲より第2楽章

静謐、苦悩、救い。勤勉な左手に乗って右手で切々と歌われるアリア。即興的な面白さ溢れる曲の後に、バロックの精神的世界を持ってきたところがさすがと私は思ったのだが、務川さんはこの曲をアンコールに選んだことについて「メンデルスゾーンの功績の一つ」に、「バッハの『マタイ受難曲』をおよそ100年振りに再演」したことがあるとし、そこに「敬意を評し」たそうだ。
プログラムの次の曲がメンデルスゾーンの「イタリア」だから、という大方の見立てとは違う理由だったが、いやそれもファンとしてはアリにしておきたいところ(←勝手に!)。「マタイ受難曲」の宗教性はプログラムの1曲目「宗教改革」と重なるし、「イタリア」は次の曲に重なるし。まあどっちにしてもさすが推し! ということで。


🎵メンデルスゾーン/交響曲 第4番 イ長調 作品90「イタリア」

2回目の10分休憩の後、始まったメンデルスゾーンの「イタリア」。もうね、個人的に大好きな曲なのだ。マエストロの軽快な指揮で大阪フィルがオープニングから非常に清々しい音を鳴らす。すぐに明るい陽光溢れるイタリアの世界に連れ出された心地になった。この曲はメンデルスゾーンが「グランド・ツアー」で訪れたイタリアがモチーフ。メンデルスゾーンが好奇心で目をキラキラさせながら色んな場所を観光して、曲の構想を練り、スケッチも描いてたとか想像するだけでも非常に楽しい。
座席の都合で主に弦セクションが私の視界の中心にあったのだが、とても興味深かった。第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ+コントラバスに分かれ、別旋律をそれぞれ演奏する場面が非常に多かったのだ。だからあんなに音が多層的に聴こえてくるのかと納得した。普段分かれて旋律を弾いているからトゥッティで同じ旋律を共に弾くとめちゃめちゃ盛り上がるのだなあ。とても感動的な演奏だった。

そして最後に尾高マエストロが・・・

終演後、客席からの拍手に応えていたマエストロが、いきなり会場に向かって話し始めた。しかもマイク無しにも関わらずとても通るお声で。素晴らしいお話だったので、記憶を頼りに書いてみる。

「僕達は、このシンフォニーホールで何度も演奏していますが、このホールは響きが大変素晴らしいんです。僕はもうこのホールができた頃から演奏していて、昔は近くにプラザホテルがあって、そこのレストランがとても美味しかったんですよ。でも無くなっちゃって本当に残念」

「今回のプログラムの練習をしていて、僕が大阪フィルのメンバーに言ったのは、メンデルスゾーンは天才だということです。ベートーヴェンなどのような派手さに隠れてしまうことが多いが、演奏してみて改めてメンデルスゾーンの音楽の素晴らしさをみんなと感じました。良かったらメンデルスゾーンの描いた絵も見てください。絵もお上手なんですよ」

「ピアノの務川慧悟くんとは今回初めて会ったのだけど、本当に好青年でとても音が綺麗。いつもあまり言わないのに僕は、彼にはすぐに『次は何を一緒にやる?』と聞いたんですよ。そうしたら彼はなんかしょぼしょぼ言ってましたけどね(笑)」


なんとー! 尾高マエストロからのラブコール。演奏後の雰囲気の良さも納得の嬉しいお言葉ですね。是非とも実現されますように。

「メンデルスゾーンは天才」と言うお言葉も大変嬉しかった。メンデルスゾーン、良いですよねえ。あの澄み切った明るさ、夢のような語り。性格の良さを物語るような清涼さが本当に心地よい。いや、性格知りませんけどね。
今回のプログラムはメンデルスゾーン・チクルスの2回目で、交響曲2つが長調、ピアノ協奏曲も短調とはいえ明るい曲調の回だった。アンコールのバッハを挟み、まとまった感がさらにアップしたような気がするし。
大満足の演奏会、ありがとうございました。

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