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しょこたん⑤

高齢者施設での音楽療法。

『お見舞いに行ったんですか?しょこたん元気でした?』
「元気そうでしたよ」

しょこたんはここにいない。
近々お母さんが来て、退職の手続きをするという。
心配してくれるのは利用者さんだ。


楽器店のブース(ピアノ室)を30分借りた。
【I LOVE YOU】を弾いてみたかった。
原キーはA。アコギでは面倒なキーだが、ピアノでは弾きやすい。

手土産はパターン化した。
売店で買ったお菓子と雑誌、午後の紅茶を持って行った。

しょこたんが出て来た。
表情が暗い。

『江戸っち、早く退院したい』

「先生は何て言ってるの?」

『1か月半だって。そんなにいたら、おかしくなっちゃうよ』

「そっかー。落ち着いたら退院なんだね」

『江戸っちになにが分かるの?刑務所にいるようなもんだよ!』

「分かってあげられなくて、ごめんね」

『ごめん、江戸っち悪くないよね。来てくれてありがとう、ありがとうだよ。私のこと嫌いになった?』

「翔子のこと、大好きだよ」

座って体を寄せ合うだけ。
しょこたんは力が抜けてきて笑顔になる。

病院-中庭

「ねえ、俺のどこが好きなの?」

『江戸っちはまっすぐで可愛い。女子だったらそう思うと思うよ。優しくてピアノが上手な私の彼氏』

「ピアノがマジで下手なんだよ。音大出てないから実力なきゃいけないんだけど」

『大きくてきれいな手だね。ホントにボクサーだったの?』

「元々館長の教えでバンデージは丁寧に巻いてたんだ。パンチも無かったし」

『そういうとこだよ。まっすぐなんだよ江戸っちは』

「俺、こんなに捻くれてるのに(笑)?」

街路樹

職員が急ぎ足で中庭を抜けてく。
しょこたんを、失うはずはない。


3か月が過ぎ、しょこたんの転院先が見つかった。
別れの日が近づく。

--つづく--


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