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秋桜のブローチ #シロクマ文芸部

秋桜を作ろうと決めたのは寒露に入ってすぐのことだった。風を孕んで揺れているコスモスの首筋を眺めながら、何色にしようかしらとすでに考え始めていた。

「もうじき清子さんのお誕生日だもの」

清子さんは花緒はなおの茶飲み友達だ。お互いの隠れ家のような「カフェカワウソ」で出会った。たまたまカウンターで読んでいた本を隣に座った小柄で色白の女性がチラチラみていた。花緒好みの綺麗なグリーンのスカーフを首元にふわりと巻いて、好奇心が抑えても抑えても滲み出してしまうような様子が可愛らしい人だった。とうとう「あの、その本って面白いですか?」と声をかけてきたのが清子さんだったと言うわけだ。

二人は約束はしない。なのにバッタリ会うのだ。何度も会ううちにいつの間にかすっかり仲良くなった。清子さんはひとなつっこい人だったけれど、絶妙な距離感を持っていた。約束しないところが好きだ。

花緒は布花作家をしている。自然の染料を使ってする草木染めで白い布に色をつけ、それを使って花を作る。小さなものはイヤリングやピアスになり、少し大きめのものはブローチになる。コンスタグラムで少し評判になり、教室も持っている。元々は趣味でやっていたものだったが目処が立ったのでこれ一本で生計を立てるようになり二年が過ぎた。

好んで白い服を身につける清子に自分と似たものを感じたのは、必然といえば必然だったのかもしれない、とコスモスのための布をアボガドで染めながら思っていた。アボガドの皮は色鉛筆の深緑で塗りつぶしたようなのに、不思議と少し風合いのあるピンクに染まる。その上、媒染(色を留めるための処理)をしなくてもアボガドの元々持っているタンニンの力で、色が残るのだ。そんなところも何だか清子さんにぴったりじゃないかしら、と花緒は思っている。

ついひと月前のことだった。以前の職場で仲良くしていた友人たち三人と食事に出かけることになった。久しぶりの女子会を楽しみにしていたのだけれど、花緒が密かに思いを寄せていた圭吾がやってくると知らされた。圭吾とはなんとなく上手くいきそうだったのに、すれ違いが続き、結局うまくいかなかった。花緒は会社を辞める時に、圭吾への未練もたった。全て新しく始めたかったから。もう二年も過ぎて、全然へいちゃらなはずなのに、動揺している自分に驚いた。同時に行きたくないと思う自分がいた。そんな時、たまたまカフェカワウソであった清子につい打ち明けた。すると清子は、うんうんと相槌だけ打ってそしてこう言ったのだ。

「花ちゃんって乙女椿みたい」

花を生業にしている花緒が乙女椿の花言葉を知っていることなんてきっと承知の上で言ったのだ。そういう機知に清子は飛んでいる。その言葉に背中を押されて、食事会に行ってみれば、圭吾とはなんの屈託もなく話すことができて、帰り際には「相変わらず、ちょっと天然なんですね」と声をかけられた。ああ楽しかったと反芻していた翌日には、圭吾からメッセージがピロリンっと届いたりして。これで人生の気掛かりが一つ消えたなと清々しかった。

コスモスの花を二つ作って、つぼみもあしらい、小さなブローチに仕立てる。そういえば、すがすがしいって清々しいだから、清子さんみたいな感じだなあと思う。明日はいよいよ9月14日、清子さんの誕生日だ。秋桜の日、明日はカフェカワウソでなく、清子さんの新居にこれを届けに行ってみようかなと花緒は手元を見つめた。

(1409字)


小牧さん、今週もありがとうございました。
このお題をいつもいつごろ決めているのかなと気になっています。すでにストックがあって一個づつ出しているのか、それとも、水曜日に決める!とか決まっているのか、想像して楽しむわたしです。

いただいたサポートは毎年娘の誕生日前後に行っている、こどもたちのための非営利機関へのドネーションの一部とさせていただく予定です。私の気持ちとあなたのやさしさをミックスしていっしょにドネーションいたします。