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【活版】活版印刷機ー世界中で愛されるヴァンダークックの話

うちのスタジオには4台の活版印刷機がある。 いづれも、プルーフマシンと言われる校正機だ。 本刷り前の、校正用の仮印刷をする目的で作られた印刷機ということ。 だから、工業用の大きな印刷機とはちがって、大量印刷には向いていない。 
そのかわり、サイズもコンパクトで、なにしろ使い方がシンプル。
小ロットでなにか作るのにはもってこいの機械なのだ。
その4台のうち2台はアメリカのヴァンダークックブランドのマシンだ。

ヴァンダークックは、1909年にシカゴのVandercook & Sons社が販売を開始した印刷機のブランドだ。 それまでは、校正刷りは、上から下に紙をおしつけて印刷する方法しかなかった。そこに登場した、ヴァンダークックは、その使いやすさと仕上がりの正確性から、瞬く間に校正機のトップブランドとして、全米でもっとも広く使われたマシンとなった。

それから54年間にわたり、Vandercook & Sons社は実に60モデルものプルーフマシンを発表し、そのうち約3800台がヴァンダークックの名前で生産された。

数多くのヴァンダークックのプルーフマシンのなかでも、最後のモデルとなったのがSPシリーズ、Simple Precisionの略、その中でもSP15モデルが特に人気があったし、今でもこのモデルが好きという人は多い。そして、もちろん、うちのヴァンダークックもSP15モデルだ。

Vandercook の主要モデル一覧

やがて時はながれ、活版印刷の終焉とともに、Vandercook & Sons社は他の印刷会社に吸収され無くなってしまう。

だから、今ヴァンダークックの印刷機を手に入れようとしたら、セカンドハンドのものを見つけるしかない。

ブルックリンでレタープレススタジオを経営している、ダニエルがインタービューでも言っていたけど、
「ぼくはこれまでありとあらゆる不思議なところから、ヴァンダークックを運んできたんだ。ニューイングランドの古い銃製造工場、マンハッタンの茶色いレンガ造りのタウンハウスのサンルーム、アパートの地下駐車場。 一体どこに、素敵なヴァンダークックがあるかなんて誰にもわからないんだ。」

万が一機械が調子が悪くても修理をしてくれるところもないので、ネット上の、マニュアルをダウンロードするか、ヴァンダークックに詳しい人を見つけて助けてもらうしかない。 

なんと驚くことに、オンライン上にはそのための「ヴァンダークック戸籍台帳(Census)」があって、それを見ると世界中の2592台のヴァンダークックの型番とその持ち主が公開されている。
うちのヴァンダークックが壊れたときに、この戸籍台帳で、同じ型のマシンを持っているベルギーのオーナーをみつけて、修理方法を教わったこともあったっけ。 

オンライン上に公開されているVandercook Census

そんなヴァンダークックだけど、その使い勝手の良さと、コンパクトなサイズで世界中にヴァンダークックが大好きな人が、今も本当にたくさんいる。
小さな納屋くらいのスペースで、たった一人で、好きなものが、簡単に印刷できるなんて、もの作りが好きな人には夢のようなマシンだから。

2012年に、「the VANDER COOK 100」というヴァンダークック生誕100年を記念した本も出版されていて、世界各地のヴァンダークックを愛用しているスタジオ100箇所が紹介されている。 
もちろんアメリカが多いけれど、カナダ、オーストラリア、イタリア、ロシア、南アフリカまで、本当にいろいろな場所で、いまはもう生産されていないこのマシンを、博物館のようなところで保管するのではなく、自分たちの手で大切に大切に使いながら、さまざまな活動をしている人がいる。

The VANDERCOOK 100

ヴァンダークックの使い方はいたって簡単だ。
まず、印刷したいものを、設置する。 平なテーブル式なので、刷りたいものを置いて固定するだけでいい。 
中には、生の玉ねぎのスライスを置いて刷ったり、おもちゃのレゴを置いて刷ったりする恐れ知らずなアーティストもいる。 
何しろ、高さが揃っているものなら、それを固定さえすればなんでも印刷できる。
まあ、生の玉ねぎはマシンに匂いがつきそうでいやだけど。


木製活字を設置したところ

刷りたいものが固定できたら、インクをつける

1色でもいいし、右端と左端に異なる色をのせてグラデーションで刷ることも

インクが均一にのびたら、レバーを回して印刷する。

初めての人でも、少し教えてもらえればちゃんと印刷できます。

基本手動で一枚づつ印刷することになるけれど、リズムにのれば100枚くらいはおちゃのこさいさいで印刷できてしまうのが、このマシンのいいとろこだ。
印刷が終わったら、マシンについたインクをきれいに拭き掃除して終了。

お掃除は手袋をして

なぜだか、このお掃除のときはベビーオイルを使う。 
ベビーオイルをローラにたらして、インクと乳化させて拭き取るのだ。 
だから、お掃除タイムにはスタジオ中がなんだか、ほんわか懐かしいあのいい香りに包まれることとなる。

最後に「The VANDERCOOK 100」の中から、あるスタジオオーナーの言葉をひとつ。
「時々、ヴァンダークックが私の競争相手みたいに思えてくるの。印刷をするたび、どっちが勝ってるのって。 私?それとも彼、ヴァンダークック? どんなときでも、たいていはなんらかしらのチャレンジがあるわ。時には、全く問題なくスムースにいくこともあるけれど。
レタープレスはまるで一つの大きな旅みたいなもの。
一旦ヴァンダークックのスイッチをいれてはじめてみれば、その先になにがでてくるかなんて、決してわからないものよ。」

そう、だからヴァンダークックでやる活版印刷は面白いのだ。











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