いとしのおもいで セブンティーン
思い出の写真はなんですか
この前、高校3年間愛用したiphone6を起動しタラタラ動かしてみた。
高校の思い出といったらまず1番に上がるのがダンス部のこと。とっても辛かったしとっても楽しかった。酷いこともしてしまったかもしれないけれどキラキラしていたことに間違いはないと思う。
そんな青春の頃のある写真がカメラロールから出てきた。
アルプススタンドに整列して踊る写真でもなければ引退の時の集合写真でもない、綺麗めなフローリングの上でみんながだらだらしている様子が収められていた。
それは年明けに地域の消防楽団のコンサートに駆り出された時の控え室の一枚だ。みんなやる気はあまりなかった。楽しいのはスポーツ応援か文化祭だもの。テスト勉強をする者、日向ぼっこをする者、二人で寝転がりYouTubeをみてニヤニヤもしている。
おんなじユニフォームを身につけ、ツリ目になるくらい高いポニーテールにおんなじリボンを結ってるくせにぐちゃぐちゃで思い思いの動きをするみんなが愛おしい。床にはポンポンが散らばっている。
こんな些細な光景は高校卒業と同時に脳みその奥底で固まってしまっていた。こんなこともあったわ!と驚いたが、そのかたまりはすぐ溶けて脳みそに浸透してきた。思い出す、じんわりじわじわと。
私は17歳。日向ぼっこが気持ちよかった。片方がぶっ壊れたイヤホンで流行りの何かを聴いていただろう。
出し物として地域のイベントに駆り出されたときに配られた弁当にわくわくしていた。中途半端に豪華な幕の内弁当とか、十色弁当みたいなのがすきだった。
好き嫌いをみんなが交換しあった。私の場合は交換しなくてもお腹いっぱいになったヤツらのおかずが弁当の蓋に増えていった。
食べるのが1番遅いくせに1番よく食べた。だからいつも取り残されていくのが切なかった。たまに横にいてくれる子もいた。その優しさが食後のあったかいお茶みたいにしみた。
そのおかげで身長は二十歳になるまで伸び続けた。
私はみんなを笑かすのが好きだった。変なことをたくさんした。ツボが浅くてすぐ笑ってくれるみんなが笑ってくれない時は心がヒュンとなるけれど。
いい思い出ばかりでているけれどみんなを嫌いになったりもした。そのくせ笑かすのは好きだった。心の内をださずにポケッとしててよくわからなくて面倒なヤツだったと思う。あ、でもよく痛みに泣いていたから変なあだ名をつけられた。
文章を見返すと私私って自分のことばかりだな。
だけれどまだまだみんなに会いたくて堪らない気持ちになる瞬間がある。まさに今がその瞬間。
可笑しな人がいっぱいだった。みんな元気ですか。
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