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一字の生命

今日もまた、

いつ尽きるとも知れぬ時間ときをいただき、

その時間を文字に変え、ここに綴る。


その人の話す一言一言が、

その人の生命の一滴一滴と思ったならば、

どんなに尊い音となろうか。


日頃目に触れる活字も、

それを生み出した人間の、

生命の凝縮だと思ったならば、

どんなに尊い線となろうか。


現代は、

あまりに、死が遠ざけられていると言われるが、

それと同時に生を感じる心も失ってはいないだろうか。


音に宿る命、

線に宿る命、

色に宿る命、

毎日無数に出会う命に心寄せたのはいつのことだろうか。


あまりに溢れすぎる命に、

鈍感にならなければ、生きて行かれぬのかもしれない。

それはあまりに哀しい。




今こうやって、

社会に流れる時間の波から取り残されて

ようやく溢れる命に気が付けた。


現代は、

余りに何事も急きすぎていて、

まるで覆いもなにもつけていない欠陥の貨物列車が、

あまりのスピードにすべての積み荷を吹き飛ばしてしまったが、そのままに走っているように、

空っぽのままに、突き進み続けている人が多いのではないだろうか。


もっと

ゆっくりでないと、

見落としてきているものが多いのではないだろうか。


今こうやって、

もうそのようなスピードで走れる身体ではなくなって、

ようやく気づかされたことである。