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それは突然に

もう10年以上世田谷区内に住んでいるのに、初めて九品仏を訪れた。娘がとあるワークショップに参加するためだ。親の見学はできないとのことだったので、娘が参加する1時間半の間、どこかで時間を潰さなければならなかった。とりあえずお隣の自由が丘を散策してインテリアでも見てみようかと考えていた。気になっている商品を実際目で見て確かめておきたかったからだ。その一方で、根っからの地図好きなわたしはなぜ九品仏が九品仏という名前であるのかが少し気になっていた。そして今朝、世田谷区長がツイッターで奥沢城について触れていたのを思い出し、あるとしたらここら辺だろうけど、どこにあるんだろうかとぼんやり考えていた。『でもまぁどうせまた来れる場所だし、時間が余ったらうろうろしてみよう』そう思って自由が丘に向かった。

自由が丘でインテリアショップをハシゴし、欲が満たされたところで九品仏に戻った。お迎えまではあと20分くらいだ。少し遠くに桜が綺麗に咲いている大きな門が見えた。どうやらお寺があるらしい。周りの人たちも写真を撮りながらぞろぞろと向かっているし、九品仏というくらいだから何かお寺が関係しているのだろう。初めての場所に心躍らせながら門までの石畳の上を足速に歩いた。門の手前にある看板で、このお寺は浄真寺といい九品仏という名前で親しまれていること、そしてここは奥沢城の跡に建立されたことがわかり一気にテンションが上がる。お寺に入る前に色々と解決したわけだ。
門をくぐると左手側に閻魔様がいて思わず「おおっw」と声が出る。『うそをつくな』と書かれた真っ赤なのぼりが平仮名でなんだか可愛く思えた。さらに少し歩くと木でできた立派なベンチがあり、あまり時間もないのでそこで休憩しながら娘を待つことにした。

すると、向かい側から70代後半くらいの女性の話し声が聞こえてきた。その女性の子供と思しき人と2人で話している。明らかに鹿児島弁だ。間違いない…同郷だ…私は確信した。都内の、しかも初めて訪れた場所でネイティブと出会えるなんて!やや躊躇したものの感激のあまり思い切って話しかけてみることにした。
「すみません。もしかして、鹿児島の方ですか?」するとその女性は「そうよ!あなたも鹿児島?」と返してくれた。気分が高揚しているせいもあったが、あまりの懐かしさについつい話しかけてしまったのが本音だ。それは最近96歳になる祖父の膀胱癌が発覚し、鹿児島によく思いを馳せていたせいなのかもしれない。故郷が、鹿児島人が話す鹿児島弁が、愛おしくて仕方ないのだ。
「なんて偶然なの!ここに座って、お話ししましょう!」と明るく話すその女性に促され、隣に座って身の上話をする。一緒にいる女性はどうやら姪っ子さんらしい。姪っ子さんは関東の人なので「話し方を聞いただけでよくわかるもんだねぇ〜」と感心し、女性とわたしの話す鹿児島弁のイントネーションに合わせて手を上下に動かしていた。

女性「あなたのご実家はどこなの?」
わたし「◯◯です。」
女性「え!私も◯◯よ?何丁目なの?」
世間話を進めると、なんと実家のすぐ近くにその女性も住んでいることが判明する。
女性「高校は?」
わたし「△△高校です。」
女性「あなた、△△高校なんだったら5月にある渋谷おはら祭りには出ないの?」
わたし「今年出る予定です!」

九品仏で広がる鹿児島ネットワーク。

一通り話すと、その女性がわたしに名刺を差し出してくれた。
「私ね、ここの監査役をしてるの。」
サッと出された名刺に書かれていた会社が、なんと妹の職場だった。

「え!わたしの妹が、ここで働いています!!!!」

こんなことってあるのだろうか。
わたしは娘のワークショップのため、今日初めて九品仏に行った。
その女性は兄(姪っ子さんの父)の納骨のため関東を訪れ、自身が卒業した短大のキャンパスの近くにある九品仏になんと60年ぶりに降り立ったのだ。
もしもあの時、わたしが話しかけなかったらこんなことは起きなかった。点と点が線になる瞬間だ。全く違う年代の同じ故郷の人が、故郷とは遠くかけ離れた場所で、偶然、繋がる。同じ鹿児島にいたとて、もしかしたら知り合えなかった可能性の方が高い。去り際、晴れやかな笑顔で女性は朗らかにこう言った。
「鹿児島に帰るときは連絡してね、必ずよ!」

実家に帰るときの楽しみがひとつ増えた。もうこんな歳になるといつも同じことばかり起きるものだと思っていた。娘のワークショップが終わったらパンを買って家に帰り、お風呂に入ってご飯を作って寝る。鹿児島に帰ってもそう。いつも同じだって。空港から車で実家へ行き、お気に入りのレストランと娘お気に入りのイオンに行く。会えるメンバーもいつも同じで、変わり映えのしない帰省を繰り返すものだとばかり。
特に不満はないけれど、何か楽しいことが起きないかなと感じているのは事実だ。そしてそれは突然やってきた。やってきたというか自分で掴みに行った気もする。鹿児島に帰省する時に買うお土産がひとつ増える。また、必ず会いましょうね。

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