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[法案調査] 政策目標が箱もの行政!? 二地域居住は誰のためか

要旨

2024年参議院にて議論される「広域的地域活性化のための基盤整備に関する法律の一部を改正する法律案」について、浜田聡参議院議員の依頼で調査し結果の公表を行う。

(参考)報道発表資料:「広域的地域活性化のための基盤整備に関する法律の一部を改正する法律案」を閣議決定 ー 国土交通省

(参考)新旧対照条文 ー 国土交通省

背景

法案概要より

二地域居住政策は2020年4月より開始された長野県佐久市における ”リモートワーク実践者スタートアップ支援金” が発端であり、新幹線乗車券等を購入する際に月額上限25000円の補助金を制定した(1)。

また参考事例として民間企業ANAとADDressによる多拠点生活および航空券サブスクリプションサービスを挙げている。ADDressは全国の施設を月額44000円で住み放題というサービスだったが、2023年1月にリニューアルによってチケット制となり概ね値上げとなった。

内閣府および国土交通省は2021年4月より ”空き家等の活用を通じた二地域居住の推進” について議論を開始し(1)、先だって同3月には国土交通省のもとに「全国二地域居住等促進協議会」およびそのウェブサイトが設置された(2)。

2023年10月からは国土交通省内にて ”移住・二地域居住等促進専門委員会” が設置され、議事録が公開されている(3)。

コロナ問題を契機にテレワークは拡大し、業態によるものの完全テレワークに近い形での就労形態も定着した。現在、①住居の確保 ②仕事の確保 ③地域づくりへの参加 ④教育や福祉制度との調整 が課題となり議論が進んでる(4)。

主な予算は令和6年後概算要求にて、①移住等の促進に要する経費で3000万円(新規)、②新しい生活様式に沿った二地域居住の推進調査で1800万円(継続)が計上されている(5)。後者は2018年に1000万円の予算が計上されたのが初出である(6)。

以上をふまえ本法律案は2007年より施行されている「広域的地域活性化のための基盤整備に関する法律」に、二地域居住を「特定居住」として新たに定義しその推進を盛り込むことを主な趣旨としている。

具体的な取り組み事項 ー (4)より引用

(1) 空き家等の活用を通じた二地域居住の推進 ー 国道交通省 2021年4月
(2) 全国二地域居住等促進協議会 ー 国土交通省
(3) 審議会・委員会等:移住・二地域居住等促進専門委員会 ー 国土交通省
(4) 国土審議会推進部 移住・二地域居住等促進専門委員会 中間とりまとめ ー 国土交通省 2024年1月
(5) 令和6年度 国土政策局関係 予算概算要求概要 ー 国土交通省政策局
(6) 「二地域居住」を促進、地方の人口減対策に 国交省、30年度概算要求に関連費用盛り込む ー 産経ニュース


法律案の概要

法律案概要より

1,特定居住の定義

特定居住とは、当該地域外に住所を有する者が定期的な滞在のため当該地域内に居所を定めることをいう。その促進に関する活動を「広域的特定活動」に(第二条一のハ)、施設を「拠点施設」に位置付ける(第二条二の2の四)。

2,特定居住促進計画

市町村は「特定居住拠点施設」および「特定居住重点地区」に関する「特定居住促進計画」を作成することができ(第四節 第二十二条)、その必要な協議のために「特定居住促進協議会」を組織することができる(第二十三条)。

また特定居住の促進を図る活動をする法人を「特定居住支援法人」とする(第二十八条)。同法人は特定居住促進計画書の作成または変更の提案を行うことができ(第三十二条)、市町村長の監督を受ける(第三十条)。違反行為をしたものは30万円以下の罰金となる(第三十五条)。


事前評価

1,特定居住の定義

(1)より引用

本法案は二地域居住を意味する特定居住を、広域的特定活動・拠点施設と定義することで、社会資本整備総合交付金の対象とすることが目的と考えられる(7,8)。

社会資本整備総合交付金は令和5年度国土交通省関係予算において1.1兆円の予算(9)。全国の各自治体に分配したうえで行政の裁量性が高く使える予算であり、交付率は各事業費のおよそ5割である(7)。

一方で一般会計や資料(9)では国費ベース5400億円という記載もあり、整合性が取れていない。本交付金の助成率はおおむね5割であるが、民間資本を国土交通省関係予算に含めているとも考えづらい。

本交付金は2014年に廃止となるまでは社会資本整備事業特別予算であり、現在も歳出に関する詳細な情報公開は続けられているが(10)、財源つまり歳入に関する記載が乏しく税財源がどれだけ費やされてるのか不透明である。

(7) 社会資本整備総合交付金(広域連携事業)の概要 ー 国土交通省
(8) 社会資本整備総合交付金 ー 国土交通省
(9) 令和5年度国土交通省関係予算の配分について ー 国土交通省
(10) 国土交通省所管 特別会計に関する情報開示 ー 国土交通省

2,特定居住促進計画

二地域居住政策の根拠は「法案概要」における背景・必要性において、”二地域居住に関心がある” という回答が3割、”20代で地方移住に関心がある” という回答が約半数であったことを根拠としているが、そういった願望は旧来より特段珍しいものとは言えない

別荘などを所有し二地域居住をしたいというニーズは有史以来存在するが、所有や家賃のための予算だけではなく、だれが維持管理や掃除をするのかといった点がハードルとなり、実現するのはなかなか難しいというのが常態といえる。

また統計局によると現住居以外の住宅を所有できるのは高所得者および40歳初老以上であることがおおい(11)。つまり現法案のままだと高所得者・中高年者の別荘補助金になりかねないか懸念がある。

また移住政策の元祖といえば1869(明治2)年の北海道移住扶助規則だが、当初多くの応募者があったものの補助が終了すると北海道から離れて行ってしまったという歴史にも留意する必要がある。

以上から行政が期待しているような、”フルリモートワークで二地域居住ができる” という条件に合致するケースは増加傾向ではあると思うが、現実問題として実行するケースはさほど多くはないと考えられる。

また「コミュニティ参加促進」に関しても、そういった進歩的な働き方をする者と地元住民の価値観がかみ合い、交流を深められるかという点にも懸念がある。特に都会ではSNS等の発達によりプライバシーを重視し目的別の交流をするという価値観も広まっており、より人と人の距離感が近い地方と人付き合いの性質も異なると考えられる。

総じて制度全体に「やってもいけど、効果があるかわからない、余計なおせっかい感」があり、結果度外視の箱もの事業にならないか懸念がある。協議会や拠点施設運営費など、新たな税支出項目もおおい

既にAddRessなど民間企業が空き家問題などに商機を見出して自由市場経済活動の中で収益を出しながら新しい価値観を提供しているのであれば、政府がすべきことは補助金を与えることではなく、事業拡大に資する規制緩和をすることである。

(11) 日本の住宅・土地-平成20年住宅・土地統計調査の解説-/現住居以外の住宅の所有状況 ー 統計局

3,予算および行政コスト、2対1ルールの観点

本改正案は社会保障整備総合交付金を二地域居住の振興策や拠点施設に使用する道を開くものである。

そうであれば特定居住の定義から始まるフルセットの新規条文ではなく、簡素化の観点から既存条文の制限・規制を緩和する方向で考えることはできなかったのか。条文の長文化・複雑化は望ましくないという観点が必要だと考えられる。

また予算に関しては社会保障整備総合交付金の枠内から、工業団地や港湾整備の費用とバランスをとって拠出されていくものと考えるが、そうであるならば「移住などの促進に要する経費 3000万円(皆増)」「新しい生活様式に沿った二地域居住の推進調査 1800万円(前年度同)」は枠内に含むものとし廃止すべきである。

2:1ルールまたはスクラップ&ビルドの観点から交付金枠を堅持し、二地域居住に予算を振るならば既存予算の何をカットするかを真摯に考える必要がある。

最後に、KPIが致命的に間違えている点を指摘せねばならない。法案の概要の末尾にKPIとして「特定居住促進計画5年間で600件」「二地域居住等支援法人5年間で600法人」と記載があるが、これは真のエンドポイントを「都市から地方への移住」と考えると適切な指標ではない。

よりエンドポイントに近いものとして、たとえば全国二地域推進協議会のウェブサイトなどを通じて二地域居住の応募が何件あったかや、より直接的に地方とのエンゲージメントが何件あったかを指標としたほうが良い。

そのうえで5年間でエンゲージメント率が低い特定居住促進計画については予算縮小や認可取り消し等、サンセット型の仕組みを導入しなければ、予算の自律的な適正化は望めない。

現状のKPIでは、事業計画のための事業、予算のための事業が乱立する恐れが強いので、修正は必須である。


想定質問

1,社会資本整備総合交付金の歳入記載の是正

2010年から特別会計として制定され、2013年一般会計へと組み込まれた社会保障整備総合交付金の歳入歳出に関して、記載に不明瞭な部分がある点質問したい。
本予算は国土交通省関係予算の配分に関するウェブサイトにおいて(9)、各都道府県および目的別に子細な配分が情報公開されているが、その冒頭総括表においては配分額1.1兆円ただし国費ベースでは5400億円との記載がある。社会保障整備総合交付金はおよそ5割の助成率の補助金として使用されるが、これは配分額のうち国庫の比率が5割ということを示していない。
残り5000億円以上に関して財源が不透明だが、この点について国民にわかりやすく情報公開が必要である。
また社会資本整備総合交付金の事後評価については独自書式が制定されているが、総務省の示す経済的指標を含む世界標準的な事後評価とは乖離がみられる。
財源に関する回答とともに総括表を複式簿記形式に改め歳入部分の情報公開に努める、事後評価について経済的指標を導入し是正する必要性を認めるか問う。

(9)より引用

2,条文の効率化あるいは規制緩和による政策目標の実現

本改正案は特定居住を新たに定義し、その運用から罰則まですべてを新規条文として追加するものだが、法文の簡素化の観点からは新たな定義や規制を生む複雑化であると言える。
また新規条文とともに二地域居住に関する個別のKPIを設定することで、地方における自主性を尊重した予算配分という交付金の趣旨にも反するともいえる。
二地域居住の推進という有意義な施策に対して社会資本整備総合交付金の活用を可能にするのが目的であれば、既存法の改正や規制緩和で実現できるのではないか問う。
また二地域居住について社会資本整備総合交付金予算枠内に含まれていく以上、2:1ルールあるいはスクラップ&ビルドの観点から「移住などの促進に要する経費 3000万円(皆増)」「新しい生活様式に沿った二地域居住の推進調査 1800万円(前年度同)」は廃止すべきではないか問う。

3,誤ったKPIの是正

本法案のKPIは「特定居住促進計画5年間で600件」「二地域居住等支援法人5年間で600法人」となっているが、これは真のエンドポイントあるいはKGIを「都市から地方への移住」と考えた場合、適切な評価指標とは言えない。
例えば実際に二地域居住について地方との相談を開始した等なんらかのエンゲージメントを指標とし、それを達成できるように魅力的な特定居住推進計画を設定し、その広報活動に努めるよう地方自治体に促すのが適切なKPIである。
法案におけるKPIを採用した場合、単に予算獲得を目的とした特定居住推進計画および支援法人が乱立することは明白であり、強い危機感を覚える。
KPIについて経済的指標等も考慮した形に改める必要性を認めるか問う。


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