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ループライン#38

【夕陽が丘駅】…………Naoki Mita(6)

 ――はいせん。

 一瞬、守山が何を言ったのか分からなかった。ポカンと口を開けたままの直幹に、守山は繰り返す。

「廃線。なくなるかもしれないんだよ」

 ジワジワ言葉の内容が直幹の頭に染み込んでくる。だけどどうしてもピンと来ない。そんな噂は微塵も聞いたことがないし。

「ちょ、待ってくれ、どこ情報だよ」

 これまで細々と、だけど確かに、モノレールはこの街で走り続けてきたのだ。とても信じられる話ではなかった。守山はこちらの反応を予想していたように溜息をついて続けた。

「ボクの奥さんの実家な、モノレールの運営会社なんだ。彼女のお父さんがこの街にモノレールを走らせた張本人」
「え、だってお前、結婚式の時だってそんな話は……」

 記憶違いでなければ一切出ていなかったはずだ。守山は職場結婚だが、仕事の内容や会社名だって違ったと思う。

「色々問題があって別会社扱いなんだけど、実質は部門の違う同じ会社っていうか……。あまり公にはしていないんだけど」

 別に後暗いところがあるからじゃあないよ、と付け加えて、守山は肩を落とした。

「会社のトップが義理の兄に代替わりしてから、段々そういう方向に流れ始めてさ。席を譲ったからにはお義父さんは口を出さないっていうスタンスだし、娘であるボクの奥さんも、お嫁に行った身だしってことで父親の意を汲んで黙ってる。内心はどうあれ、ね」

 呆然とした直幹を置いて容赦なく話は進む。

「赤字が常態化して久しいから、ここらで思い切って、ってことらしいんだ。あくまでもモノレールの運営はサブ事業だからね。それなりにメリットもあるから今までやってきたんだけど、経営的な代替案も上がってきてるようだから……このままいくと」
「…………」
「…………」

 沈黙が降りる。

 ――この街からモノレールがなくなる……。

 可能性を考えたことすらなかった。そこにあるのが当たり前で、考える必要がなかったからだ。直幹の家はそれなりに夕陽が丘駅に近い所にあるから、仮にモノレールがなくなったとしても生活に大きな影響はない。
 けれどこの喪失感ときたらどうだろう。
 里帰りする度モノレールで一周して、大はしゃぎする甥っ子、姪っ子の顔が頭をよぎる。妹達だって、モノレールのなくなった故郷を目にしたらきっと悲しむことだろう。これは何も直幹の身内に限った事ではない。きっとこの街に住む大多数が共感してくれるはずだ。

 ――モノレールは、この街の象徴なんだ。

 無意識に拳を握っていた。俯いていた顔を上げて、守山に視線を合わせる。

「それで、その事と俺の写真と、どう関わってくるんだ」

 守山の顔つきが変わった。

「ボク、この街からモノレールの姿を消したくないんだ。どうしても」
「ああ」
「だけど廃線推進派に対抗するには、とにかく赤字を解消して、モノレールの存在価値を理解して貰わないといけない。ノスタルジックな理由以外の価値をね」
「うん」

 そこで再び守山はタブレットを示した。

「キミの写真を、モノレールを主役にした、街のPR活動に使わせて欲しいんだ」

 心臓が一つ、大きく鳴った。

「モノレールの魅力を改めて内外に訴えて乗客を増やす。メインターゲットは、まずは鉄道好きな人達だな。子どもから大人まで鉄道が好きな人は多いし、知名度が上がればそれなりに乗りに来てくれる人もいるだろう。モノレールを被写体にするだけだと、外から写真を撮って終わりって人も出てきちゃうかもしれない。だからそういう人達にも乗車して貰えるように、車内の様子や車窓からの風景なんかも撮って欲しい」

「ちょっと待ってくれ、メモする」

 守山の口から淀みなく作戦が紡がれる。ここに至るまでにも、いろいろな戦略を練ってきたのだろう。ふと年末の忘年会のことを思い出す。

『ちょっとしたお家騒動みたいな感じでな』

 ベロベロで呂律は怪しかったけれど、確かに守山はこう言った。きっとあの時にはもう、守山は戦っていたのだ。名前の通り、守りたいもののために。

「広報に力を入れつつ、裏で味方を増やすために色々根回ししてみるよ。地元に愛着があって入社したって人は多いから、ここは期待出来ると思う。ゆくゆくはショッピングセンターや地元の商店と協力して、イベントを打ったりもしていきたいな。記念切符、スタンプラリーとか……この辺はまだ先の展開の話だけど。何しろボク自身も運行会社の直接の社員じゃないからさ。会社の垣根を越えたプロジェクトチームとして動けるように、早めに環境を作るよ」
「凄いな。でも、それならもっとちゃんとしたカメラマンにお願いした方がいいんじゃないか? いいのか俺で」
「言ったろ? キミじゃないと撮れない写真があるんだって。ここは別に観光地じゃない。ただ綺麗な写真ってだけじゃダメなんだ。仕事の枠を越えた、体温がないと」

 グッとくることを、言ってくれる。直幹はシャツの胸元を握った。

「まだ廃線の可能性についてはオフレコな。でも、諸々段取りを整えたら、春を目処に仕掛けていこうと思ってる」
「そうか。分かった。春に向けて色々撮影してみるよ」
「会社もあるのにごめんな」
「いいって。週末に撮影に出掛けるのはいつものことなんだから」

 自分の写真で、どこまで伝えられるだろう? 目を背けられない不安はある。けれど、それを上回るほどの気分の高揚を、直幹は確かに感じていた。


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■2021.06.15 初出

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