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ループライン#36

【夕陽が丘駅】…………Naoki Mita(4)

「あ、はい、こんにちは」
「これ、監督が渡してきてくれって」

 差し出されたのは缶コーヒーだった。青年の持ち方的にどうやらホットらしい。

「ああ、どうもありがとう。これは嬉しいな」

 礼を言って受け取りそのまま土手に腰を下ろした。『どうするかな?』と様子を窺えば、青年も傍に座ってもう一本缶コーヒーを取り出した。自分の分はコートのポケットに入れていたらしい。

「監督の幼馴染さんなんですって?」

 プルタブを引きながら言う。

「ああ。もうかれこれ三十年の付き合いになるかな」
「うわあ、いいですね、そういうの」
「君は……ええと、藤岡とは」
「教え子です。このチームのOBで、ちょこちょこ差し入れに来るんですよ。家もバイト先も割と近いんで」

 応援の常連さんだったのだ。青年はニコニコと話し続ける。

「やっぱり子どもが思いっきり走り回ってる姿って、見ているだけで元気になりますよね。通りすがりに試合を覗いていく人も結構いるんですよ」
「分かる気がするね。今日は藤岡に誘って貰ったんだが、来てよかったよ」
「写真撮りに来たって聞きました。上手くいってます?」
「うーん、それがねぇ……普段あんまり人物を撮らないから、なかなか苦戦しているよ」

 しかも被写体が動きまくるときた。これがまた難しい。だけど面白い。

「写真でも難しいんですねえ」

 直幹がカメラ本体の小さな液晶に映してみせた写真を覗き込みながら、青年は意外そうに呟いた。『へー』といった表情だったのが、次の瞬間にはふっと緩む。直幹はパチパチと瞬いた。

「あ、はは、すみません。ちょっと思い出し笑いが」

 軽く咳払いをして教えてくれる。

「実はですね、夏前頃からだったかな。絵を描きに来ていた人がいたんですよ。スケッチは時間がかかるから、寒くなってからは見かけてませんけど」

 確かに寒空の下長いこと写生しているのは辛そうだ。

「その人がですね、なかなかこう、独特な……前衛的な? 味わいの絵を描くんですよ」

 つまるところ、あまり上手くないのだろう。可笑しそうに言う青年の言葉には、けれど深い親しみが感じられて、馬鹿にするようなニュアンスは一切含まれていないように思えた。

「それは見てみたいな」
「きっと暖かくなったら再開するんじゃないですかね。だから、あなたもまた是非来てください。子ども達も、ギャラリーがいてくれた方が燃えるって言ってましたし」

 『ね!』と笑う青年に、直幹は息子がいたらこんな感じなのかな、とぼんやり思った。胸が温かくなる。今ならいい感じの写真が撮れるような気がした。飲み終わった缶を芝生の上に何とか立たせて、首にぶら下げていたカメラをそっと持ち上げた。

「あ、続き、撮ります? ども、お邪魔しました」

 直幹の置いた空き缶をひょいと取り上げて、青年は『頑張ってくださいねー!』と、元来た方へ戻っていった。

 その後ろ姿にレンズを向ける。――何となくの行動だった。

 キンと冴えた青空、広がる冬草のグラウンド、右手のサッカーコートには赤いユニフォームの華。去りゆく背中、遠くの道を行く車。そのさらに向こう、空と街との境界線に、光を反射して走るモノレールが写りこんでいた。


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■2021.06.01 初出

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