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ループライン#20

【中央公園駅】…………Nonoka Hasegawa (3)

 最初乃々花は、ショッピングセンターで出会った老人が再び現れたのかと思った。しかし声をかけてきたのは、老人というには年若く見える、見覚えのない男の人だった。全体的に茶色っぽいコーディネートのその人の片手にはコンビニ袋。もう片方の掌の上には可愛らしくラッピングが施された小さな包み。表情はにこやかだ。 

「……こんにちは」

 一応、挨拶はちゃんと返す。週末の日暮れ時、やはり子ども一人でいるのは目立つのか。

「夕焼けを見ているのですかな? 綺麗ですねえ」

 言いながらごく自然に乃々花のいるベンチに腰掛ける。一人分のスペースを空けて。些細なことだったけれど、その距離感が乃々花の警戒心をほんの少しだけ和らげた。
 さりげない気配りといい喋り方の雰囲気といい、やっぱり“おじいさん”なのかもしれない。最近は若い祖父母も多いし……と、運動会や父兄参観で見かけたおじいちゃんおばあちゃん達を思い浮かべる。

「きれいだけど、短すぎるかな」
「秋の日は釣瓶落とし、と言いますからねえ」
「つる……何?」
「つるべおとし、です。あっという間に日が暮れるという意味です」

 お昼と夜が入れ替わる、限られた時間。ついこの間まではいつまでも明るかったのに、気が付けば夕方という時間帯が随分短く濃くなっている。早く帰りなさいと急かされているような気がするのは、自分がこんなところでグズグズしているからだろうか。

「おじさんは、おうちに帰らなくていいの?」

 もう暗くなるよ、と付け足して、乃々花は小さく笑った。そんなの、向こうのセリフだろう。ベンチに腰掛けたまま宙に浮いた足をブラブラ揺らす。結局おじさん、と呼んでみたけれど、よかっただろうか。

「そうですねえ。遅くなると叱られてしまうかもしれません」
「ええ? おとななのに」
「おかしいでしょう」

 そう言って彼は本当に可笑しそうに笑う。

「実はおうちで喧嘩をしましてね。ちょっと帰りづらいのです」

 パッと顔を上げた。乃々花が思わずおじさんの顔を凝視すれば、彼は気恥ずかしそうに肩をすくめた。

「プンプン怒っていた筈なんですけど、人に会ったり、気ままに時間を過ごしているうちに、すっかり怒りがしぼんでしまいました。ですがどんな顔をして帰ればいいのかと……ねえ」

 ――あたしと、おんなじだ。

「どう思います? お嬢さん」
「……むずかしいなあ」

 どこからかいい匂いが漂ってくる。カレーだ。自分が空腹だったのだと今更思い出す。

 ――あたし、おやつ食べにフードコート行ったんだった。

 悩み深げに息を吐く男性を横目で見て、乃々花はリュックのファスナーを開けた。家でポンポン詰め込んできた荷物の中からおやつの袋を探ると、マシュマロのパックを取り出した。

「いっしょに食べません?」

 パッケージを掲げてみせる。男性はキョトンとして、それから相好を崩した。

「マシュマロですか。懐かしいですねえ」

 嬉しそうに言って、自分も持っていたものを示す。

「頂き物のお菓子なのですが、良ければこちらもご一緒に」

 可愛らしい白とサーモンピンクのラッピング。金色のネジネジをくるりと解けば、中に入っていたのはクッキーだった。

「でも、それ手作りじゃ……いいの?」
「ええ大丈夫ですよ。作ったのは子ども好きな方ですしね」

 予期せぬおやつ交換会になったものだと思いつつ、乃々花は香ばしいバターの香りのクッキーをつまんだ。さくっとした優しい食感に顔が綻ぶ。

「……美味しい。ほんとに手作り?」
「上手ですよねえ。大好物でして。もちろんマシュマロも大好きですよ」

 右目をパチリと瞑ってマシュマロをふにふにしてみせるおじさんは、乃々花がこれまで出会ったことのないタイプだ。ドギマギしてしまうけれどそれが嫌な感覚ではない。しばし甘いものを食べながら他愛ない話をし、途中で温かい缶の飲み物を買って貰って、ある瞬間にストンと心が落ち着いた。言葉がポロっとこぼれ落ちる。

「おじさんは、何時に帰る?」
「そうですねえ。ずっとここに居る訳にもいかないですよねえ……寒くないですか?」
「へいき。でも、そうだよね。ずっとここには、いられないよね」
「……お嬢さんも私とお揃い、ですかな?」

 お揃い。

 こんなにも端的で、今の乃々花の耳と心にぴったりくる言葉はまたとなかった。クスクスと堪えきれない笑いが溢れ出て、それと共に視界が滲んだ。



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■2021.01.26 初出

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