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ループライン#37

【夕陽が丘駅】…………Naoki Mita(5)

「直幹、頼む! 力を貸してくれ」

 駅前のドーナツショップで、会社帰りのおじさんが二人向かい合っている。それだけでも尻の座りが悪かったのに、片方がテーブルに額がつく程頭を下げているときたらそれはそれは目立つ。悪目立ちにも程がある。直幹は慌てて頭を上げるように促した。

「ちょちょちょ、モリ、守山! やめろって」
「いいや! キミがイエスと言ってくれるまでやめない」
「それある意味脅迫だぞ!?」

 『とにかく顔を上げないと話を聞かない』と言い募って、ようやく言うことをきかせる。やっと身体を起こした守山の表情は、真剣そのものだった。どこか思いつめたようにも見えるその理由を、とにかく聞き出さなくてはならない。

「まずは順を追って話してくれよ。どういうことなんだ?」

 普段そんなにマメではない守山から突然連絡を貰ったのは、少年サッカーの撮影に行った数日後、水曜日のお昼のことだった。いきなり『今夜会えないか』とメッセージが来て少し驚いたものの、常とは違った彼の様子にとりあえず時間と場所を提示した。何しろ会社が遠いもので、地元で働いている守山と仕事帰りに会おうとするとどうしてもそれなりに待たせてしまう。ノー残業デーでちょうどよかった。直幹の会社では割と徹底されているから、すんなり会社を出ることが出来た。

「……お前のホームページを見たんだよ」

 とりあえずコーヒーだけ買って席に着いたものの、お腹がすいた。飲茶でも買い足してこようかと考え始めたところで、守山が口を開いた。機を逸してしまったがとりあえず話を聞く態勢を取る。

「ホームページ? ああ、チェックしてくれてたんだな」

 撮った写真をささやかながら公開している、自作のホームページだ。そういえば昔URLを教えた覚えがある。掲示板もブログもない、とにかくシンプルな(無愛想だと藤岡には言われた)ホームページだが、自分の気に入った写真を披露したり、データをちゃんと整理する癖をつけるためにと開設してもう随分経つ。

「じゃあ藤岡のサッカーチームの写真見てくれたってことか。いやあ、やっぱり人が写ってる写真公開するのは気を使うもんだな。子ども本人と保護者のOKが出た写真しか載せてないけど、何せサッカーって人数多いだろ? どの子が公開NGだっけー、とか、この子ばっかりいっぱい写ってる、バランス考えないと、とかあれこれやってたら、アップするまでいつもの倍以上時間かかっちゃったよ。いやー、参った参った。まあそこも含めて新鮮で楽しかったけどな」

 守山が特に口を挟まなかったので、一気に喋くってしまった。我に返ってちょっとだけ恥ずかしくなる。

「それで? ホームページがどうしたんだ」

 誤魔化すように直幹はコーヒーを啜って、黙ったままの守山に尋ねた。

「あのな。アップされた写真の中に、こう、グラウンドの全景みたいな写真があっただろ?」
「え? どれだろう」
「コートにフォーカスしたやつじゃなくて、遠~くまで見渡してるようなやつ」

 言いながらまどろっこしくなったのか、守山は鞄からタブレット端末を取り出して操作し始めた。しばしスッスッとやってから画面をこちらに向けてくる。

「これこれ。この写真」

 表示されていたのは、缶コーヒーの青年を撮った一枚だった。

「ああ! これな。なかなかいい感じだろ? あの日撮った中でもかなり気に入ってるやつなんだ」

 思わずフフンと胸を張る。が、狙って撮った作品ではないので威張るようなことではないと思い直す。

「うん。凄くいい作品だと思う。特にこの、モノレールが反射してる光がいい味出してる」
「これは本当タイミングが神がかってたよ。撮影したデータを見るまで、モノレールが通ってるって気付いてなかったくらいでな」
「こういう写真」

 守山が呟いた。その声は硬い。視線が合う。何かを決意した瞳が、直幹をまっすぐに見ていた。

「……モリ?」
「こういう写真を、もっと撮って欲しい」

 どうしたというのだろうか。様子がおかしい。いつもの守山ではない。

「いや、あの、だから偶然の産物なんだって。別に俺がタイミングを見計らって撮ったんじゃない……」
「でもキミじゃないと撮れなかったと思う」

 言葉尻に被せるようにキッパリと言う。

「キミが撮ったから、魅力が生まれたんだと思う。きっと藤岡だってそう言うよ」

 雰囲気のおかしい守山に、どうも調子が狂ってしまう。

「どうしたモリ、何があったんだ?」

 直幹の戸惑いに、何かを言い淀んでいた守山がキュッと口を引き結んだ。一度視線を泳がせ、それから意を決したように手招きをする。呼ばれるがままに耳を近づけると守山は声を潜めて言った。

「実はな、この街のモノレール……廃線になるかもしれないんだ」


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■2021.06.08 初出

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