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ループライン#35

【夕陽が丘駅】…………Naoki Mita(3)

 ――酒の席での話の流れだとばかり思ってた。

 新年の賑わいがようやく落ち着いたとある週末、午前中。直幹は寒風吹きすさぶグラウンドに立っていた。前日の夜にいきなり『直幹、明日どうだ?』と藤岡から連絡があったのだ。面食らったものの特に予定もなかったので、OKして本日素直にやってきた。

「藤岡の昔馴染みの三田といいます。よろしくお願いします」

 保護者の方達に軽く挨拶をして、コート脇のベンチに荷物を置かせてもらう。既に子ども達にも紹介して貰い、もみくちゃにされた後だったので、ちょっと一息つく。身内でも子どもの相手は大変だというのに藤岡は凄い。カメラの準備をしながら、コートの中で子ども達と一緒に準備体操をしている友人に尊敬の眼差しを向けた。
 荷物はお母さん方が見ていてくれるとのことだったので、直幹はカメラと貴重品だけ持った身軽な格好でグラウンドを歩き始めた。

 ――さて、どこから撮るのがいいかな。太陽はあっちから……ええと、こう動くのか。

 コートの周囲には芝生の土手が設えられている。春夏あたりはきっと、緑の綺麗な絨毯に見えることだろう。残念ながら真冬のこの時期は、枯れ草混じりの寂しい色合いだ。季節のいい時にまた見に来てみたいものだと考えながら、直幹は足音をサクサク鳴らして歩いた。
 ピーッとホイッスルが鳴り、子ども達がそれぞれのポジションに散っていく。ぼちぼち試合が始まるようだ。吸い込まれそうな快晴の空に真っ赤なユニフォームが映える。

 パシャリ、と引きで一枚撮ってみた。

 冬は、昔からよく眠りを連想させる季節だ。生き物たちの冬眠だったり、確か冬の季語で『山眠る』なんて言葉もどこかで見かけた覚えがある。だからこそ、エネルギーに満ちた子ども達の躍動感が引き立つというか、生命力が浮き彫りになるというか。ちぐはぐなようでいて妙な一体感があるように思えた。

 しばらく撮ったり移動したりを繰り返していると、ふと近付いて来る足音に気がついた。そちらに顔を向ければ、鼻と耳を赤くした青年が歩み寄ってくるところだった。はて、と様子を見守る。傍まで来た青年は、口元まで覆っていたマフラーを下げて『こんにちは』と微笑んだ。


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■2021.05.25 初出

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