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おとし穴

近ごろ亡くなった田中邦衛さんといえば?

「北の国から」の五郎さんなんだろうけど、実はちゃんと観たことがない。「若大将シリーズの青大将」と言われても、??? いろんな芸人さんからモノマネされている俳優さんというイメージだ。

ある日、ある新聞の夕刊でなんとも無機質な表情の田中邦衛さんの写真を見た。勅使河原宏監督、安部公房原作の「おとし穴」という映画のワンシーン。1962年公開。

その表情は五郎さんのイメージとは程遠い。これは気になる。その新聞では、渋谷で勅使河原監督特集のひとつとして上映すると告知があったけど観に行けず、間を置かずに田中邦衛追悼企画のひとつとして、池袋の新文芸坐で上映していたので足を運ぶことにした。

ざっくりあらすじ。
炭鉱夫が殺される。この男がある炭鉱の労働組合長にそっくり。そっくりであることに気付いた新聞記者が、その組合長に話を聞きに行く。労働組合は分裂していて、敵対している別グループのトップの策略ではないかと怪しむ。本来、殺されるはずだったのは組合長で、別グループの組織のトップが犯人だったとしたら? そんなことってあるのか? この事件で「誰が得をする?」。組合長は自分が罠にかけられているのではないかと疑心に駆られる。

殺される炭鉱夫と組合長を井川比佐志が演じる。若い時の井川さんは毎熊克哉に似ている。最近好きな俳優さんなんだけど、井川さんを観て、あらやだ素敵と思う 笑。炭鉱夫が「生まれ変わるなら次は労働組合のある会社で働きたい」と願っているところがいい。そんな対照的な二役を見事に演じ分けている。

殺人者が田中邦衛。無機質を絵に描いたような顔で、白いスーツに白いバイクで行動する。これがかっこいい。

炭鉱夫が殺される現場は、閉鎖された炭鉱の町で人がほとんどいない。唯一の目撃者の女性は殺人者に買収されて、犯人の特徴を例の「別グループの組合トップ」と思わせるように指示される。

殺された炭鉱夫は幽霊になる。幽霊は生きている人に見えない。もちろん声も聞こえない。でも不思議なことに、幽霊同士なら会話が出来る。何故か寂れた町に大勢の幽霊のような人々が炭鉱夫の前に現れるのだけど、この人たちとは交流できない。彼らは幽霊ではなく、町の記憶なのかもしれない。

「何故殺されなければならなかったんだ」。炭鉱夫は身体を失った身で謎を追う。

…結論は出ない。謎は謎のままで終わる 笑。そんな映画。

ただ、理解のヒントは散りばめられていたように思う。「誰が得をする?」。組合長たちがお互いに潰しあって、最終的に得をするのは誰? いつでも権力が得をする、労働者はか弱き存在。

殺人者はその結末に落とすために、計算に計算を尽くして、罠を幾重にも張り巡らせる。裏をかいているつもりで、策略通りに落ちてしまう労働者たち。会社側が雇った男なのか、それとも…。私は社長だったらいいのになーと思った。若すぎるかもだけど。

殺人者を「死神」だとすると、落語繋がりで「粗忽長屋」みたいな話でもあると思った。生きているのに、勘違いした長屋の住人から「お前死んでるよ」って言われて、自分と言われた死体を確認しにいく男の噺。映画はちゃんと自分ではないと認識してるけど。いろんな見方が出来て楽しい。

それにしても、たった60年近くでこんなに日本は風景が変わったのかと驚いた。炭鉱なんてもうほとんど聞かない産業だし。

いま80歳以上の人たちは、こんなに目まぐるしく環境が変わってきたのか。よく対応して来れたなあ。自分だったら出来るかなあ。そういう意味でも貴重な映像を残す作品だと思う。

田中邦衛といえば。五郎さんなんだろうけど、「仁義なき戦い」の風見鶏腰巾着系ヤクザの役も良かったな。五郎さんじゃない邦衛さんも素敵だよ。

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