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片思いがしたい

片思いがしたい。とずっと言い続けていたアルバイト時代の後輩を思い出した。彼女はモテた。とにかくモテた。歩けばモテた。アルバイト先の男性陣はみんな彼女のことが好きだったし、彼女に彼氏がいたとしてとあわよくばと思ってる雰囲気がダダ漏れていた。

彼女がレンタルビデオ屋でビデオをレンタルすれば、会員カードを見て電話がかかってきたし、居酒屋に行けば、店員から3軒目で合流したいと言われていた。

そんな彼女がいつも言っていた。

「私は片思いがしてみたい。」

彼女は自分が誰かを好きかどうかわからない前に好きになられてしまって、好きになったかわからないまま付き合ってしまって、別れると告げられると好きだった気持ちになる、という謎のループから抜け出したいらしい。

気持ちがわかる要素は1ミリもないんだけど、これはこれで大変だろうなぁと思いながらいつも聞いていた。

彼女の理想は片思い。
だから絶対相手が自分を好きにならないであろう人に惹かれるようになっていった。

しかし彼女のモテ力は異常だ。彼女がいる男性くらいじゃ簡単に先に好きになられてしまう。妻子ある人だってその節度を保つのは至難の業だ。

そんな彼女が、ある日裏切りにあう。
ずっと彼女のことを好きだと言い寄っていた男性が、実は妻子持ちだった。好きだと言い寄っていただけで表面上問題ないとも解釈できるが、彼は独身だと嘘をついていたから立派な裏切りである。彼女はその言い寄ってくる男性のことをもちろん最初は好きではなかった。しかし、彼女もなんとなく彼に好意を寄せるようになったころ、待ち合わせ時間に現れない彼から電話がかかってきた。彼女が電話に出ると電話口から聞こえてきたのは

「あのー、白木屋さんですか?予約したいんですけど」

だった。
居酒屋チェーン店、白木屋を予約したいらしい。何を言ってるの?と思いながら彼女はコントに付き合う。そして電話の向こうの彼の隣には女性がいることに気づく。彼の携帯には彼女の電話番号が白木屋と登録されていて、それを証明したいらしい。

「お腹すいたー、お店やさんまだー?」という無邪気な男の子の声が飛び込んできたので

「ご家族3名さまですね、承知しました。すでに予約はいっぱいです。」と伝えて電話を切った。彼女は彼の電話番号を ふとっぱら と登録しなおして、その居酒屋からの電話に出ることはなかった。私は、ふとっぱら のラーそーめんを食べながら彼女からこの話を聞いていた。

彼女は、それから立て続けに似たようなことが続いたんだよねと話していた。男性に言い寄られるが、実はその男性には妻子がいたり彼女がいたり、フリーなのに別に付き合いたいわけじゃないんだけどという人まで現れたという。とても悔しそうな彼女を見て

「それはそれで、片思い状態じゃないの?片思いってそんな感情に近いと思うよ。」と言ってみた。

「ちがう、私のことを好きにさせようとしてくる人は、本気で来てもらわないと困る。みんなの片思いを私はちゃんと実らせる可能性をいつも真剣に考えてる。だから、実らせる瞬間に梯子外されると、私の感情が置いてきぼりになって、好きでもないのに好きかも?という感情だけ置いていかれて迷惑なの。」

「ねね、片想いしたい願望ってさ、ずっと片思いのままがいいんじゃないの?その片思い状態を楽しみたいんだよね?だったらきっかけは、なんでもいいんじゃない?片思いしつづけるにはその一連はむしろ好都合な気もするけど。」

「いや、片思いのまま終わったら困るでしょ。片思いの先には両思いになりたい。」

「あー、自分から先に好きになりたくて、その先に両思いになりたいわけね。」

「そりゃそうでしょ。ずっと片思いしてるなんて信じられない。無理無理。1ヶ月くらいしか片思い状態なんて持たない。私のこと好きになってくれない人は好きになれない。私は、私のことを好きになってくれる人が好き。私のことを好きになってくれる人に片思いしたいの。」

うん、だからそうなってるじゃん。

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