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花は咲く Flowers bloom in your garden.Ⅲ

小さな会社で汗流しながらカバンを縫ってた。
社長と奥さん、それに私だけの小さな会社やった。
二間だけのマンションの一室は仕上げた鞄の入った段ボールで山積みで身動きも出来ない。
でも、この小さな会社が大好きで、頑張っている社長夫婦も好きやった。

●旅立ち

彼氏と降り立ったマルペンサ空港はなんかトマトの匂い漂っているように感じた。
私はここから新しいことが始まる胸の高鳴りを感じてたんや。
ナヴィリオの路地を迷いながら歩くと道ゆく人たちが笑顔でチャオって声をかけてくる。なんて陽気な人たちなんやろう。
古びたアパートについて彼氏が大家と掛け合っている姿を見ていると、なんだか揉めているみたいやった。
「1800ユーロも取られたわ」
笑って済まそうとする彼氏に私は怒鳴った。
「あんた、それでも大阪のあきんどの端くれか!?」
彼氏に変わって私が日本語混じりに交渉したら1500ユーロまで値切れた。
まあ、これが新しい門出に付き物の最初の難関やった。

私ら二人で予め調べてあったカバン縫製の会社を回った。
私な、腕には自信があった。
縫製の大先輩にも褒められたことがあるんや。
でも、どこに行っても断られてばっかりや。
20社以上回った頃に一言だけそこの管理人のじいさんに言われた。
「あんたきれいやな。そやけどキレイなだけではあかん。あんたは何者なんや?キレイな姉ちゃんやったらそこいらにいっぱいおるやろ」

アパートに帰ったら彼氏がしょげ込んでるんや。
「あかん、有り金全部盗まれた」

ここは日本と違うんや。誰がズボンの後ポケットに財布入れるアホがおるんやろ?
幸いパスポートは盗まれずに済んだみたいや。
そやけど、盗まれたんはほんまやけど、ポケットに入れてたからやなかった。
嘘つきよったんや。
立ちんぼの姉ちゃんにホイホイついて行って、ベッドで気がついたら身ぐるみ剥がされたんや。パスポートは姉さんの優しさってことや。

「絶対帰ってくるからな。待っててや」
空港から飛行機飛び乗って、あいつ逃げよった。

ひとりになって、トボトボ歩いてたらイケメンがみんな声かけてくるんやけど、私はそんなつもりでここへ来たんやない。
アパートの大家は家賃払えんのやったら2ヶ月で出ていけって言うとった。
疲れ切って道端に座り込んでたんや。

「チャオ。Cosa c'è che non va, ragazza?お嬢ちゃんどうした?」
顔を上げると、あのじいさんやった。
気がつくと、そこはあの日やっぱり途方に暮れて弱音を吐いた会社の前やった。
じいさんは手招きしよるんや。
騙されてたとしてももうすっからかんや。私はじいさんに手を引かれて古いビルの中に踏み込んだ。
ああ、懐かしい匂いや。
革やゴムの入り混じった匂い。
横のガラス張りの事務室に入ると、会社の殺風景さとは不釣り合いなテーブルの横の椅子に座れって言うんや。
奥の方からええ匂いが漂ってくる。
小さなカップが差し出された。濃いコーヒーの匂いがなんか落ち着く。
「イタリアの魂の味や」
そう言ってじいさんはカプチーノを勧めてくれた。
「うわっ」って声が出るぐらい濃くて強くて苦くて甘い。
「それが人生や」

じいさんはその会社の会長やった。
辞書片手に、私は自分が抱えている問題を一生懸命伝えたんや。
「Tutto ok わかった」
じいさんは短く答えて書斎にあったレターヘッドに短く何か書いて私に手渡した。
「Ci vediamo domani また明日」

私がアパートに帰ってから辞書でじいさんの手紙を一所懸命訳したんや。
そこにはこう書かれていた。

「明日から、ここで働きなさい。
ただし、3ヶ月は給料は無しや。
食事は私と私の家で食べたらええ。
君のいるアパートは引き払ってこの近くの社宅に移りなさい。
ビザのことは私がなんとかしたる。
それからのことは君次第や。
人生を楽しむんや。
あ、それからな侠気のない彼氏のことは諦めや。
じゃあよろしくな」

その次の日、泣き腫らした目でじいさんの会社に行った。
「チャオ!」
目一杯の明るさでじいさんと挨拶をして、
コトコト、ウーンとミシンの音がする工房に入っていった。
「チャオ!」
「チャオ!」
「チャオ!ジャポネ!」
陽気なおばさんたちが手招きする。
そうや、ここが私が求めてた場所や。
私もこの庭のミモザみたいに満開に咲くんや。

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