For madam
お昼前。
用事のついでに、普段利用しないスーパーマーケットへ立ち寄ったときの出来事でございます。
わたくしは、娘とともに店内を回っておりました。
娘はプリンなどのデザートコーナーで目を輝かせ、
すぐ傍では上品そうなマダムがバターを選んでおります。
デザート選びは予想外に長くなり、わたくし少々焦れてまいりまして。で、娘に声をかけました。
「どうするん? いるの? もういいの?」
するとどうでしょう。
バターを選んでいたマダムが、びくうぅっ! と肩を震わせたのでございます。
真っ青なお顔でぎこちなく会釈をし、バターを放り出して去ってしまわれました。
ええ。それはもう凄い勢いで。
わたくし、呆気に取られて立ち尽くしていたのですけれど。
瞬刻の後、ああっ! と気づいたのでございます。
マダムは、わたくしが娘にかけた言葉が、ご自身に向いていると勘違いされたようです。
どうするん? いるの? もういいの?
庶民であるわたくしにとっては普通の口調も、マダムにとっては
『はよ取って退かんかい、ボケカス!』
くらいに解釈されている可能性は高く──。
何てこと。
呑気な娘は、マダムの存在自体に気づいていなかったようで。
ご機嫌でカートを押しております。
対照的に、わたくしの心中は嵐でございました。
あぁマダム、違うのです。
どうお詫び申し上げれば……。
せめて。せめてあの時、すぐにマダムのお気持ちに気づくことができたのなら。
『いえ、今のは娘にかけた言葉なんでございますよ。
ゆっくりお選びになってください、オホホホ』
わたくしは、そう伝えてさしあげることができたでしょう。
マダムは怖い思いをされることも、バターを買い損ねることもなかった──。
マダム。
どうか、その嫌な思い出を抱え込むことなく、ご近所様やご夫君様にさらけ出してくださいませ。そうすれば、
『きっと子供に言ったのヨォ』
『そうね、オホホホ』
ということになるでしょう(希望的観測)。
そして、わたくしのことは一刻も早くお忘れになり、バターを買ってください。
“今日やったこと”というより、“今日やらかした”こと。
マダムに届け、この思い(笑)。
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