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読書感想『歌舞伎役者 市川雷蔵』

市川雷蔵が好きだ。

歌舞伎の出であることは知っていたが、役者の周辺情報を追いかけることには興味がないし、情報収集も苦手。

それでも『歌舞伎役者 市川雷蔵』を読んだのは、〈映画スター〉という認知の方があるだろう市川雷蔵に、わざわざタイトルで〈歌舞伎役者〉とつけていることと、サブタイトル『のらりくらりと生きて』の一文に興味を惹かれたから。

『歌舞伎役者 市川雷蔵』表紙

タイトル通り、市川雷蔵の〈歌舞伎役者〉の面にスポットを当てて語られている。

雷蔵の屋号は「升田屋」。
そう言われたら、そりゃ歌舞伎も好きなので、「升田屋ァ!」と大向こうがかかるところを、聞いてみたかった気持ちもある。

雷蔵と世代の近い、六代目澤村田之助や、五代目中村富十郎の歌舞伎は以前よく見ていた。
もしも雷蔵が長く歌舞伎の舞台に立っていたら、わたしも観られた可能性があったかも?と思うと、〈映画スター〉市川雷蔵が、不思議に近くも感じられる。

*歌舞伎俳優名鑑に、市川雷蔵も載っている

サブタイトルの〈のらりくらり〉は、言葉だけを見るとなんだかマイナスの印象だが、読んでみると、決して悪い意味ではないように感じられる。

戦後の混乱期、歌舞伎役者としてのスタート位置は決して恵まれていなかったものの、実は静かに貪欲に、自分にできることを探していたような。

十代半ばで歌舞伎の初舞台、二十代前半で映画俳優へ、三十代で自らプロデュースして新劇団の創立へと進んでいく市川雷蔵。没したのが37歳。
そう考えたら、どこも〈のらりくらり〉ではない。
そもそも、わたしなどが口にするときの〈のらりくらり〉とは次元が全く違う。

市川雷蔵が歌舞伎役者として歩み出し、苦心しながら進んでいく過程は、当時の歌舞伎がどんなものだったか、という話でもある。
戦後から近年までの歌舞伎の世界。家柄、名跡に細かな格の違いがあることなど、歴史ある伝統芸能の複雑な事情を覗くことができる。

市川雷蔵という名前は、いまも成田屋に大切に預かられていることも含めて、とても興味深かった。

とはいえ、1946年から話がスタートして、当時の役者の名前が(カッコ書きでX代目とか現在のXなど補足はあるものの)山のように登場して、自分の勉強不足にいくらか落ち込む。

市川寿海や實川延若(三代目)あたりまでは分かるのだが、三代目市川九團次、市川小金吾になるともう全く分からない。顔や舞台の様子など思い浮かべて読めればさらに面白いはずなので、悔しい。

押しも押されぬ映画スターとなりつつも、次は、と自分の場所を探し続けていた市川雷蔵。

市川雷蔵のDVD。古いVHSは手放してしまったが、DVDはいくつか残してある

読み終えても、わたしは、歌舞伎役者としての雷蔵に間に合わなかったことを残念だとは思わない。
富十郎や田之助と歌舞伎の舞台に立って欲しかったというよりも、雷蔵が立ち上げようとしていた新劇団が見たかった。プロデューサー市川雷蔵の作品を見たかった、とは思う。

たぶん、わたしにとってはこれからも、市川雷蔵は〈映画スター〉だ。

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