弘法大師は、筆を誤り過ぎ・・・悪夢の撮影日記番外編

24年 5月 1日
奈良国立美術館へ、「空海展」を観に行く。

空海イコール弘法大師なのだが、幼少の頃、高野山へ家族行った際に弘法大師に関する本を土産物屋で購入し、ある程度は知っていたつもりだったが、知っているつもりでしかなかった・・・・、高野山は大勢人が来ると雨が降るとか、どうでもいい事しか記憶に残っていなかったようだ。
改めて復習という名の「予習」をしようと、アマゾンプライムで「空海はすごい 超訳:弘法大師の言葉」苫米地英人(著)を読んで行って大正解である。
もしこの本を読んで予習せず行かなかったら、今回の面白さは半分以下だったと言える。とりあえず、軽く予習であればこの本に限る。

まず、空海こと弘法大師は僧でありながら、苫米地氏曰く今でいうクリエイターなのだ。空海は唐で密教をハイスピードで、しかも三ヶ月で学び日本に持ち込んだが、この素晴らしい世界を「文字」だけで表現した、「密教」なんて、それほど布教できる事はない、むしろ忘れられて廃れていくだろう・・・と考えた天才・空海は、美術と本来は好まれていない儀式を用いて密教のブランディングを計画する。
今回展示されたものの大半は、その美術品そして文献である。

その一つが曼荼羅である。
実は正直、古過ぎてよく分からない、修復されているそうだが、それでもよく分からないのだ。(よく分からんから公式図録を購入して細く見る方が明らかに細かいところはよくわかる)
しかも曼荼羅を完成させる為に、複写してきた下絵(メモといえば失礼なのだが、いわゆる元ネタである)とかも大量に展示されている。曼荼羅よりこっちの方がはるかに面白い。よく紙に筆と墨だけでこのような絵が描けたものだと、昔の人々の器用さと、曼荼羅を完成させるための熱い想いが紙と墨だけで描かれたものだが、描かれた絵から伝わってくる。細かい色の指定なのか「青」とか描かれていたり、花や手の部分だけなどアップで描かれていたりする。個人的にはこちらの方が曼荼羅よりも相当素晴らしく感じる。

さらに面白い展示品は、絵の曼荼羅でなく、インドネシアで発掘された仏像の曼荼羅である。直接空海と関係ないのだが、同じ曼荼羅でありながら、登場される大日如来他の方々も国民性が異なるとどこか雰囲気が異なり力強いと感じられる(インドネシアの方は、大事な発掘品に白色のマジックで管理番号を記載しているところが驚く。これも国民性の違いだろう)。空海展でありながら、こういった少し視点を変えた展示は非常にありがたい。抽象的に物事を見ることが出来たりする。

だが、面白いのはこれだではない!
前述の曼荼羅の下書きメモと同様、千数百年以上前の書物(書簡など)なのだが、紙に書かれた書物、お経、目録、手紙、散文詩など相当数を展示されているのだが、紙だけではなく、椰子の葉を加工して書かれた文献などが展示されているのである。孔子が紙の無い時代に、木の板に書いていたという話を聞いたことがあるのだが、葉に書いたものが、現在にも残っているのが凄い!これを書いた人は、まさか千数百年後にも残っているとは思っていなかったはず。しかも書かれた文字が、梵字なのである・・・なんと書かれているか?全く意味不明。しかも葉の上に書かれているので、文字の小さいこと・・・前述の通り、この器用さについては、器用さだけでなく、昔々の人々の情熱と想いが感じ取れる。

で、ここからが重要なのである。
「弘法も筆の誤り」という言葉があり、実際に文字を間違えて書かれた寺院の看板が存在するのであり、あの空海ですら間違うことがある!という諺なのであるが。展示された空海自筆の書物を見ると、一つの文献に数箇所間違いが誰が見ても見受けられるのである。「しまった書き間違えた!」と文字の上から書いて修正したり、さらに書き忘れたのか文字間の余白に書き足したりと、それは「弘法も筆の誤り」の「点」が抜けていたレベルでなく、天才と呼ばれた男にしては、間違い過ぎやろ!とツッコミどころ満載なのである。僅か三ヶ月で密教を唐でマスターした天才でも、これほどまでに間違うのかと、これはスティーブ・ジョブスは性格が悪いに匹敵する内容であると言える!

近所の弘法大師が見つけた水源(井戸)  柏原市(大阪府)

これでもかこれでもかと、日本各地に各地に井戸や溜池を発見して更なるブランディングを実行してきた空海は、遂に高野山を開拓してここに聖地を作ることに成功する。今では南海電車や自動車で簡単に行ける高野山であるが、1000年以上もはるか昔に、超僻地にこれほどのことをやってのけた空海は、やはりブランディング戦略の結果、それなりの実力と実績、国家をはじめとする後援者が相当居たのであろうと容易に想像がつく。
そして空海ははるか先の将来について考えたのだ、自分が居なくても密教が継続して布教する方法を・・・「キリストって、いっぺん死んでから生き返ったらしい。うまくやりよった!それやったら、わしは生き続けたろう・・・・そうすれば密教は廃れることはないでえ!」と言ったのかは不明だが。空海は天才クリエイターであり、イエス・キリスト以上のマーケターである。密教のブランディングを1000年以上も遥か昔に計画をして成功させて今に至るのである、まさに世界で稀に見る、天才マルチクリエイターなのであり、それ以外の何者でもないのである。

空海から本当に学ぶポイントは、実は「密教」でなくここなのだ!と・・・気がついた。


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