見出し画像

告白

 「神さまはわたくしのことをお赦し下さるのでしょうか」

 「あなたは罪をおかしたのですか?」

 わたくしが通っている教会の神父さまは神父らしくいつも穏やかで落ち着いていて安心感を与えてくださいます。かなりご高齢の神父さまのお顔はたくさんの皺があり、顔のパーツが垂れ下がっていて、特にまぶたが瞳を少し隠しているのでこちらのことがちゃんと見えているのか不安ですが。
いつも同じ表情なので人形のようにも見える。 
そして生と死に半分ずつ身をおいているような方。
そんな神父さまだから、わたくしは話しやすい。
神父さまと話していると現実なのか夢の中なのかわからなくなるのです。

 わたくしは罪深いことをしたことがあります。忘れたかったのですが忘れることは出来ませんでした。
 ボランティア活動に精を出し、困っている人を助けたり手伝ったり、皆がいやがる仕事を引き受けたり。贅沢はせず、慎ましくひっそりと暮らす毎日を送っても忘れることは出来ないし罪の意識が薄れたり心が平和になることはなかったです。
 ここのところ、ずっと体調が悪く、臥せってばかりでした。このまま眠ったらもう二度と目を覚まさないかもしれないと思う夜もありました。死を身近に感じている今、神父さまに聞いていただきたいと思ったのです。
 
 何から話せばいいのか、、、以前お話したことがありますが、わたくしの家族は母だけです。父には会ったことがありません。そのせいか子供の時から父親というものに憧れがありました。今も神父さまを父のように思っています。母は体が弱く心臓が悪いようでした。悪いようでしたというのは、母は病院嫌いで総合病院で精密検査をするように言っても病院へは行かなかったのです。もしかしたら入院、手術と言われることが怖かったのかもしれないし、金銭のことを気にしていたのか、健康保険証を使うのがいやだったのか(誰かと入れ替わっていた可能性もある?)、など理由は色々考えられます。今、私も心臓が痛いので母に似た体質なのでしょう。
 わたくしは母が嫌いでした。たったひとりの肉親なのに。父親がいないのも貧しいのも灰色の毎日なのも全て母のせいだと思っていました。ひどい娘です。わたくしの父親のことを聞いても死んだとだけ。どういう人だったかくわしく話してくれませんでした。祖父母についても同じです。
 父親がいる人、祖父母がいる人が羨ましくて仕方がありませんでした。
 母のため、自分のために一生懸命に働く日々の中で、あるおじさんと出会いました。優しくてユーモアがあって誰とでも気さくに話す人。わたくしの理想のお父さん。勝手にお父さんのように思っていました。
大きな雑賀店で働いていておじさんは雑貨店に商品を運んでくる。食器や花瓶や灰皿、マトリョーシカ、人形、ブリキのおもちゃ、額装された絵画など。職場に親しい同僚もできて、その頃はわたくしの毎日は灰色ではなく仕事にやりがいも感じていて楽しい毎日でした。職場の親しい同僚というのはとても綺麗な子でした。長いまつ毛とぱっちりとした大きな目、瞳の色は薄い灰色がかった薄茶色でつんとした鼻、ホイップクリームみたいな肌でピンクの唇。お人形さんのようでした。彼女、リサはよく働くしいい子だったので私も皆も大好きでした。
 ある日リサは突然、いなくなったのです。二度と戻ってはきませんでした。
 職場でトラブルもなかったし、恋人もいないと言っていました。リサのご家族も私達も必死に探しました。
 何か事件か事故に巻き込まれたのだろう、綺麗で目立っていたから変質者に目をつけられていたのかもしれない、と皆が思っていました。

 でも私は知っているんです。多分というか絶対におじさんが犯人です。
雑貨屋さんでの仕事が遅くなってしまった日、駐車場におじさんがいたのです。私を見て少し驚いた様子でバンを閉めました。
 ずいぶん遅くまでいるんだね、と言われて、レジのお金が合わなくてと少し話しました。お疲れ様、と言って帰りました。おじさんは何をしていたのでしょう。おじさんが慌てて閉めたバンの段ボールからお人形のような髪の毛が少しはみだしているのを見たような気がしました。栗色の髪の色。翌日からリサは無断欠勤。おじさんには翌日も雑貨屋で会いました。その後しばらくしておじさんは遠くに引っ越すからと仕事をやめました。おじさんとの最後の会話はどうぞお元気で、でした。
 あの段ボールからはみ出していたのはリサの髪だったのではないでしょうか。生きていたのか死んでいたのか。

 このことは誰にも話していません。リサだったとは断言できないからです。

 最近、自分が殺されて埋められている夢をみます。首を絞められて殺され、深い穴に落とされて土をかぶせられる。自分の顔に冷たい土の感触があるのです。リサの身に起きたことがわたくしの夢に?
 リサ、どこにいるの、、、。

 神父はナオミさんが帰ってからため息をつきました。ナオミさんはこの街に越してきてからこの教会の礼拝やバザーやボランティア活動に熱心に協力してくれています。ナオミさんは元気な時はにこにこしてみんなとおしゃべりして陽気な人なのですが、暗い顔をして誰が話しかけても黙ったままの日もあれば、大げさに大声でまくしたてたり、突然泣き出す日もあったりと気分のむらが激しい人です。神父は以前ナオミさんから自分が母親を殺したようなものだとの告白を聞きました。今日は友人の死(死かどうかは不明)に関わっているかもしれない人のことを黙っていたことの罪についての告白を聞きました。40年くらい前の話でしょうか。ご本人はずっと苦しんできたのでしょう。友人の突然の失踪。自分が慕っていた人が関わっていたかもしれないというか関わっていたと思い込んでいる。今となっては真実はわからないし調べようがありません。ナオミさんには心穏やかに毎日を過ごしてほしいと思っています。

 神父は母親に捨てられました。当時は何者かに母親が拉致された、と思っていましたが、大人になり、父親、自分、妹は母親に捨てられたのだとわかりました。家族との関係も良好で幸せそうにしていた母親はなぜ自分達を捨てたのか。我が子を捨てるとはどういう心境なのか。家族は自身をひきとめるものにならなかったのか。家族より大切なものとはなんだったのか。母親のことは理解できませんでした。でも、母親が戻ってきてくれたら赦し、受け入れるつもりでしたが戻ってきませんでした。神父は母親の懺悔を聞きたいと思っていました。だから神父になったのです。でも、もう母親は亡くなっているでしょうからその願いは叶いません。

 神父はたくさんの人々の告白を聞いてきました。だから、こう思います。
 自分の母親は我が子の幸せを願って神さまに祈ったことがあったのでしょうか。子供を捨てたことを後悔し自分を責めたことがあったのでしょうか。
 
 そして、自分の母親に語ります。神さまはあなたの罪をお赦しくださったことでしょう。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?