見出し画像

不適切な取材【ショートショート】

 清美きよみの元に一件のタレコミが入った。
『人気俳優Kの不倫疑惑』
 久しぶりの大ネタである。
 Kは今や押しも押されもしない国民的な人気を誇っている俳優だ。
 戦隊ヒーローの主役でデビューしてから、爽やかなルックスに持ち前の明るい性格、さらには気さくな雰囲気も相まってまたたく間に人気を集め、その名を世間に知らしめた。恋愛ドラマには欠かせない存在であり、ドラマや映画だけでなくバラエティ番組にも積極的に出演してキャリアを順調に積み重ね、その人気を不動のものとし、最新のイケメン俳優ランキングでも堂々の一位に君臨している。
 その人気絶頂の最中さなかに結婚が発表されたのは衝撃的であった。相手はドラマのスタッフに入っていたスタイリストで素朴な雰囲気を持った女性であり、意外な相手を伴侶に選んだことから好感度をさらに上げ、このスクープに世間は好意的な反応を示したのである。それが発表されたのもまだ記憶に新しい昨年のことなのだ。
 その来歴があって「不倫」のタレコミである。世間の耳目を集めるのは必至だろう。
 ただし、この〝不適切な関係〟というネタの取扱には注意が必要である。充分な裏取りもせず記事を公開してしまえばたちまち名誉棄損の罪に問われてしまう。取材は徹底的に行わなければならない。
 芸能スキャンダルは売り上げに結び付きやすく、週刊誌にとっては好都合な素材である。記者という職業に就いてからこの手のネタに反射的に飛びついてしまうのはすっかり習い性となってしまったのであるが、特に不倫ネタとなると清美は並々ならぬ情熱を注ぐ。それには理由があった。
 かつて清美にも夫がいたのだが、夫の不貞行為を嗅ぎつけると強く非難し、そのことを許さず離婚したという過去がある。自身の経験から「不倫」は断罪すべきものという矜持を持ち、男女の〝不適切な関係〟は徹底的に糾弾しなければならない。でなければ自分のように心を傷つけられた者が永遠と生まれ続けてしまう。そんな人たちを少しでも減らせる役割が自分にあるとするならば、獅子奮迅の働きをせずにはいられないのであった。

 清美は数人の記者たちを集めてチームを組織し、リーダーとなってKの動向を追った。
 独自のツテを辿ってあらゆる方面からKの綿密なスケジュールを手に入れ、長時間にわたる尾行・張り込みを行う。Kが誰かと飲食店に入れば後を追って入り、会話の聴き取れる場所を選んで耳を傾ける。録音ができそうな環境であれば、音声証拠として残るので録音もする。車に乗って移動をしたならば、こちらもすぐさま車を出して追跡する。どこへ行こうとどんな建物に入ろうと、可能な限り追跡の手を緩めてはならない。SNSもKだけでなく周辺の人間関係の投稿にも常に監視の目を光らせ、一文字の言葉も見落とさない。特に文書証拠は絶大な効力を発揮するので、入手するためのネットワーク作りは非常に重要になる。
 時が進むにつれてKの不倫を裏付ける証拠が揃い始めた。
 相手は銀座でホステスをしている年上女性であることが判明。月に二、三回くらいの頻度で店を訪れ閉店まで飲食をした後、女性とともにタクシーでホテルへ向かって一晩泊まり、翌朝そのまま仕事に出る姿を捉えた。焼肉店や鮨屋での食事デートや、ドライブデートをした後も例外なくホテルへと入っていく。
 Kと親交の深い人物に聞き込みをすると、性的行為が認められるような会話を交わしたことを明かし、高級クラブのホステスたちは、女性がKの恥ずかしい性癖をつまびらかに話していたと証言した。
 決定打になったのは、やはりトークアプリによる当人たちの会話の内容が確認できる画像資料であった。その内容はありがたいことにスキャンダルにふさわしいもので、Kは年上女性を相手にゾッとするような露骨に甘えた言葉を遣い、ひどいものでは赤ちゃん言葉にまで発展している。表向きの爽やかイケメンの印象とは大きなギャップがあり、読者を惹きつけるような見出しが今にも浮かんでくるようであった。
 Kとホステスの女性それぞれに直撃すると、二人は共に事実関係を否定した。この回答は清美の狙い通りであった。この時点ですべてを明らかにしようなどと考えてはいけない。確固たる証拠を掴んでいるのだから、あえて否定させる、、、、、ことでのちにその証拠はセンセーショナルなものとなって大衆を惹きつける。このスクープでより長く人々の関心を引くだけのシナリオを作っておくことは記者にとっての基礎技術と言ってもいい。

 初出の記事が発表されると、マスメディアやSNS界隈は大いに賑わった。それだけKの社会的影響を再認識させられる。ここからは一気にギアを上げて、発表された記事に対する反応を各方面に取材攻勢をかけ、少しずつ核心に近付いた証拠を開示していきながらKを袋小路へ追いこんでいく。
 翌週、さらに翌週とあらかじめ掴んでいた情報と新たな情報を織り交ぜながら掲載し、トークアプリの内容を世間に公表したところでKはついに不倫の事実を認めた。だが、まだまだこれで終わりにするわけにはいかない。「なぜ不倫をしたのか」「新婚一年目で夫婦に何があったのか」「どのように暮らしが変わっていったのか」聞くことは山ほどある。
 その場限りの反省や謝罪などは無意味である。〝不適切な関係〟を蔓延させないためにも、徹底的に取材をくり返して見せしめにすれば少なからずの抑止力にはなるだろう。執拗な取材に対して「勘弁してくれ」と言われても、そんな簡単に勘弁はしてやれない。

 それから数週間後。取材のためKの自宅を訪れると、留守のようであった。スケジュールの上で家にいるにちがいないのだが近くのコンビニに出ただけなのかもしれない。しばらく待ってみたが、Kが姿を現すことはなかった。
 どこかへ逃げ隠れでもしたのだろうか。だが、そう簡単に逃がしはしない。世間の厳しい目に晒されて苦しみを味わわねば本当の反省にはなるまい。妻の信頼を裏切ったのだからそれくらいの報いは受けて当然なのである。
 

 翌日、警察からの発表が社内を駆け巡った。
『俳優のKが自宅で首を括って死亡しているのが確認されました。遺書のようなものが残されており、自殺として捜査を進めております。遺書には、〈人に知られたくない部分を世間に晒されて生きていける気がしなくなった〉と、先日の不倫報道に関することと思われる内容が記されており、自ら命を絶った理由ではないかと推測されます。第一発見者はKの妻で、仕事を終えて帰ってきた時に……』

この記事が参加している募集

仕事について話そう

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?