雪化粧かぼちゃ【ショートショート】#シロクマ文芸部
雪化粧かぼちゃを目一杯つめこんだダンボール箱を抱えて、芳井さんは玄関口で大きな声を張り上げた。
「タキさん。今年もコレ、初物だ」
芳井さんは重そうに、玄関のあがり框にそのダンボール箱をドスンと下ろした。
「あらー、いつもありがとうね」
「なんも、コレができたらまず最初に食ってもらわにゃ」
芳井さんは誇らしげで屈託のない表情を浮かべた。
「こんなに——食べきれないよ」
「そんないっぺんに食わなくたっていいべさ。日持ちすんだから」
惜しみなく届けてくれるこの芳井さんの雪化粧かぼちゃは、今やブランド商品である。出荷前から注文は殺到し、一流シェフやラグジュアリーホテルなどがこぞって欲しがる名品なのだ。
ひと玉を取り上げると、ずっしりとした重さが手にかかる。見事な偏円形でゆがみが全くなく、ブルームのように表面を被う白粉もようが美しい。まるで彫刻作品でも見ているような気分になった。
「あいわらず立派なもんだわ」
「今年は天気がよかったから、いつもよりデキがいいかもしれん」
「そんなよかったらあん人、へそ曲げるかもしれんね」
「はは。カッちゃんに言っといてよ、いいもんできたって」
「そんなん、自分で言わんね」
「いや、面と向かって言ったらなにされるか分からん。線香が飛んでくるかもしれん」
「そんなわけないしょや」
快活に笑い返しながら、「そんじゃ」と言って芳井さんは軽トラで走り去っていった。
夫の勝治と芳井さんは、共に北海道士別市の農家で生れ育った幼なじみであった。二人とも高校卒業後に本格的に畑に入って生産を積み重ね、よきライバルとして自分たちが作るものに誇りを持っていた。
雪化粧かぼちゃを先駆けて作ったのは勝治のほうだった。何かと新しいものを好む勝治は、白皮のかぼちゃの種が開発されたと知るや、すぐさま入手し誰よりも先に生産したのである。
ところが、満を持して開発された新品種のできは「ホクホクで甘みの強い栗のようなかぼちゃ」と謳われた文句からはほど遠く、甘みがなくパサパサとしたものだった。何年かに渡って生産を続けて多少はコツを掴んだものの、思うような仕上がりにならず、勝治は早々と打ち切ったのだった。
芳井さんが生産を始めたのは、勝治からこの話を聞いてからであった。
芳井さんも最初は上手くできなかったようだが、勝治とちがったのは、雪化粧かぼちゃに可能性を感じ、根気強く生産を続けたことであった。毎年土の配合や育苗の温度管理、播種間隔の改良を重ねていくうちに、ゆるやかに評判を獲得していき、メディアに取り上げられると爆発的に知名度があがったのである。
その功績を目の当たりにして、負けず嫌いだった勝治は大いに悔しがったが、と同時に芳井さんのたゆまぬ努力と技術を讃えたものだった――。
勝治がくも膜下出血で倒れて冥途へ旅立ってしまったのは、十五年前である。還暦を迎えたばかりの、薄く雪積もる季節であった。
かけがえのない親友であり、ライバルを失った芳井さんの哀しみようは、夫婦であった自分よりも大きかったように思う。以来、芳井さんは毎年雪化粧かぼちゃの出荷の時期になると、最高品質のものを選りすぐってどこよりも先に届けにきてくれるのである。
「カッちゃんが作ってなかったら、俺も作ってなかったかもしれん」
そう言う芳井さんに、きっとそんなことはないだろうと思うのだが、恩返しを兼ねて幼なじみの供養をするのだった。
台所に立ち、雪化粧かぼちゃをまな板にのせ、目一杯の力をこめて包丁を入れる。
中のわたを取り、一口大になるようにザクザクと切って、皮に木の葉もようの切込をいれて見た目に華やかさを演出してみる。
鍋に皮を下にして並べ、煮汁は皮が浸る程度にとどめ、砂糖のみを加える。そうすることで仕上がりがやわらかくしっとりとし、上手に煮えるのだ。
鍋にふたをし、やや強火にして火にかけて、少ない煮汁で蒸されるように熱が通ったかぼちゃは、煮崩れせず鮮やかな柑子色に輝く。
仕上げに酒としょうゆを加えて強火でアルコールを飛ばし、余熱で寝かせて味をしみこませれば、料亭で出されても見劣りのしない美しい煮物のできあがりである。
勝治の霊前にひと玉の雪化粧かぼちゃと煮物を供える。
「今年も芳井さんが持ってきてくれたよ。今年のはいつもよりデキがいいんだって。よかったなあ」
遺影はこれまでもずっと見続けてきた負けん気の強い、好戦的な笑みを浮かべた顔である。見つめていると勝治の声が聞こえたような気がした。
(バカヤロ。俺だってな、もっといいもん作ったらァ)
そう言いながら箸をすすめる勝治を想い描いて、タキは呆れたような笑みを浮かべた。
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