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地球の乗り方 「シベリア鉄道」

「なあ、いま俺ら、どのあたりだと思う」

「うーん、バイカル湖の近くあたりかな」

車窓から外の風景を眺めても、ちっとも変わらない。シベリアの湿原が、ずーっと遠くまで広がっている。


SIMカードの不具合のせいで、ネットも使えない。列車の座席にじっと座って過ごすしかない。で、たまにトイレに行く。それの繰り返し。


何もしないというのは人間にはたいそう難しいことで、ガイドブックの「地球の歩き方」をしきりに読み直して、同じような話を友達と何度もしていた。お互いにもう飽きているのはわかっているのだが、他にやることがない。

なぞなぞやクイズも出し合うようになった。自分は答えを知っているのに、相手は答えを知らずうんうん悩んでいる様子を見るのは、きもちがいいもんだ。

あまりに退屈すぎて、友達は少し機嫌が悪いのか、僕がなぞなぞに答えられなかったことに対して、「頭かたいよな」とダメ出しをくらうようになった。まあ、たしかにそうだ。自分のとんちレベルが低いのは、間違っていない。


ご飯も貧しい。食費を極限まで減らす旅だったので、車内で販売されているカップラーメンを1日2食だけ食べることになった。日本のスーパーなどでも売っている辛ラーメンと、ロシアのカップラーメンがあって、それを交互に食べていた。お腹がどうしてもすいた時は、日本から非常食として持ってきたお菓子をつまむ。


ついにクイズやなぞなぞの数も底をついて、出せる問題がもうない。友達も疲れてきたのか、沈黙の時間が増えてきた。外の景色を見てみる。


また湿地帯だ。もう見飽きた。感動したのは、最初だけ。人間は慣れてしまうと、どんなに珍しいものでも、嫌悪感すら覚えてしまうらしい。

この生活を1週間も我慢しなくてはいけないのか。

斜め前の座席に座っていた4人のご高齢の方が、こちらを見て、何かを言っている。英語がうまく聞き取れなかったが、こちらに興味を抱いているのはわかった。どうやら、「ご飯はちゃんと食べているのか」ということを、英語で僕らに聞いていたのだ。僕たちが毎日わびしい飯しか食べておらず、げっそりしていたさまを見て、心配になったのだろう。

「こっちの座席来て」

「缶詰があるから、一緒に食べよう」

なんて優しい方たちなんだろう。ありがたく召し上がった。


なぜシベリア鉄道に乗っているのか。これからどんな旅をするのか。

そういったことを話した。

ロシアの缶詰は、日本にはないような変わった味だった。栄養もとれた。カップラーメンばっかり食ってたから、心に余裕もなかったのだろう。食べきれない分は、今後の旅の非常食としていただくことにした。自分も、もし旅をしている人がいて、ろくな飯が食べれてなさそうだったら、ご飯をめぐんであげられる人でありたいと思った。

その後も、挨拶を交わしたり、軽くお話をするような関係になった。



プシュー。

列車が駅にとまった。もちろん、まだ終点のモスクワ駅ではない。周りの乗客が降りていく。どうやら、駅のホーム売店があって、食べ物を買いに行ったらしい。


僕らは何か買うわけではないけど、外の空気を吸いにホームへと出た。

「あのパン美味しそうだな」

だけどまだ旅の序盤だから、ガマンガマン。


再び列車の中に戻ろうとしたとき、声をかけられた。


「もしかして、日本の方ですか?」

「はっ、はい。そうですが」


20代後半だと思われる男性に声をかけられた。


「もしかして、あなたたちもユーラシア大陸横断ですか?」

「実は僕もそうなんですよ」


こんなことがあるのだろうか。

同じ日本人で、ユーラシア大陸横断を志し、そして偶然、駅のホームに降りたら、たまたま出会った。


「列車の中に食堂があるから、よかったら一緒に飲まない?」
「おごるからさ」

「えっ、いいんですか!?」
「ありがとうございます!!」


その方は社会人大学院生で、転職で新しい仕事に就くまでの長い休みに、ユーラシア大陸横断をされていた。

モスクワまでは一緒だったが、そこからは僕たちはバルト三国を通るルートに対し、その方はウクライナのあたりを通るルートで横断される予定だった。

「ちょっと危険な地域だけどね」

この言葉からわかるように、その当時も、少し緊張感があるような場所だった。


「なぜ、ユーラシア大陸横断をしようと思ったのか?」


必ず聞かれるこの質問に対して、僕と友達はそれぞれの持っている答えを話し、その方は熱心に聞いてくれた。

お酒は、コロナビールをいただき、おつまみを食べながら、僕らは社会人大学院生のことについて質問したりした。


大学にいるうちは、勉強なんてやりたくないと思ってしまうけど、その方は「働き始めてから、もっと勉強しとけばよかったと感じた」とおっしゃっていた。そういえば、僕の兄も同じことを言っていた。

学ぶ環境が整っていて、それに全力で打ち込めるのは、とても贅沢なことなのだと感じた。日本に帰って、物理学で出てくる難しい数式に辟易することがあっても、頑張ってついていこうと思った。


「本当にありがとうございました!」
「ユーラシア大陸横断、無事に達成されることを願っています!」


この列車で、温かい人たちに出会い、いろんなことを語り合った。その方たちの顔は、今となっては鮮明に思い出すことはできないのだが、あのときに受けた恩は絶対に忘れることはない。


食堂車から自分たちのいつもの席に帰ってきた僕たちは、窓の外の景色を眺めてみた。

また湿地帯だ。

横になって目を閉じ、真っ暗の景色をまぶたの裏に浮かべた。


おまけ

列車の中はこんな感じになってます。





座席とベッドの2つのモードがあって、昼は座席、夜はベッドにして寝ていました。


◾️ユーラシア大陸横断記

◾️前回の話


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