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□鎌倉から仰ぐ雲、空模様

鎌倉から仰ぐ雲。
空を仰ぐと、偶然にも雲。
雲は不思議と、ある時は動物にも見え、ある時には幾何学的な模様にも見え、ある時には人の様相にも見える。つまりは、空模様。

色即是空、空即是色

「世の中に永久に不変のものはなく、
どんなものでも流動的に変化する。
また、流動的に変動することによって
いろんな物体に生まれ変わることができる」

まさに雲を眺めていると、幻ではあるが、時に鳥のように、時に天使のように、時に龍のように、時に観音のように、さも実体かであるように、見える。

空模様は、イマジナリーな領域で、絵画で例えると素描のような、音楽で例えるとモチーフのような、太古の昔から仏像や儀礼、置き物や飾り物、装飾品、建築、美術、あらゆる表象された物に何らかの影響を与えていたに違いない。

時には、夢で見た心象が空模様とつながり、神々しく受けた強い情念のもとで、創作活動へと行動に繋がったはずだ。

人間の意識の更に深くまで辿ると阿頼耶識(あらやしき)という潜在意識があると言われている。

以前から、なぜ人は芸術、創作物に惹かれるのか?という問いを持っていた。今で言えば、狭義の芸術から広義の表象作品全てにおいて。

その中で、作品の美しさ、美しさとは秩序であり、整っていながら、人の顕在的な、あるいは潜在的な欲求にも通じていて。その根源的な何かを知りたかった。法というか、倫理というか、形式というか理論というか。

その阿頼耶識(あらやしき)からのイメージが空模様を通じて、形に表れ出ることが可能であれば、それこそ太古からの様々な神の偶像崇拝として、神話として、畏敬の念を持って、空を崇めたいと思う。

空(そら)は空(から)とも読む。

芸術家が、彫師が、大工が、作曲家が空を表現する際の道具として使っていただろうし、イマジナリーな領域として、空、空模様が非常に大事であろうと感じた次第。


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