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あをぞら 6

 秋も晩いころのこと。
「しちじゅうよんさいとはちかげつ、わたし、あんたどこのひと」。
白髪の、まだいくらか艶を残した髪を肩に垂らしていた。
「せんせんげつ、おとうさん(夫)がしんだの」
 農家の取材に入った越後の中山間地。久しぶりに晴れて村内を歩いていたところへ唐突に話しかけてきたのだ。
「おとうさん、しぬ二日前までわたしにしてくれたの。まい日まいひかわいい言うてしてくれた。あんたどこのひと」
  この女性のことが忘れられない。いまも、その声、その口調、空と雲を映した眼が生々しく思い出される。二十三夜塔の台石を素手で掃く指が眼裏に焼き付いている。この世で最もうるわしい愛の形。寄り添う男と女の、照る日、曇る日を一瞬のうちに見たような気がした。

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