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あをぞら 7 忘れ得ぬ人

 袖触れ合うも他生の縁、という。少数の原人から派生して、今は80億人になろうとしているヒトは、どこかで、同じ遺伝子が反応し合うことはないのだろうか。懐かしい感情が湧き起こることはないのだろうか。そうであってほしいと思う。

 こんなことを経験した。

画像は本物語の実写ですがボカしてあります

 
 見ず知らずのこの女性が、忘れ得ぬ人、となったのはなぜだろう。
京都の紺屋の取材を終えてバス停にいた。雨が降っていた。夜の帳が下りかかっている。
 京都駅行きのバスが止まった。乗り込もうとしたとき、乗客の女性と眼が合った。一瞬のことであった。窓に寄り添った顔が白く際立っている。ぼくはバスには乗らず肩に掛けたカメラを手に取っていた。彼女にピントを合わせ、右手の人差し指の腹で白い頬を圧した。写真を撮られていることが分かったようだった。瞼がわずかに伏せられたように見えた。その表情に私は軽く会釈をした。バスは出ていく。かはたれ時、テールランプがやけに赤かった。
 人はこうして出会い、すれ違い、行き違いながら日を暮らすのか…今生で一度も会うことのなかった両親とも、どこかですれ違っただろうか。雨が髪を濡らした。

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