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【効いた曲ノート】レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ "ひばりは空に舞い上がり"



今回は傷心なので癒しを求めて...

舞い上がるひばりの鳴き声を模したヴァイオリンが田園風景を彩る美しい小品です。




この曲の元となったのはヴィクトリア朝期の小説家ジョージ・メレディスの詩だそうで、この曲の楽譜の冒頭には以下のように詩の一部が引用されています。


ひばりは空に舞い上がり 周り始め
銀色の声の鎖を落とす
切れ目無く沢山の声の輪がつながっている
さえずり、笛の音、なめらかな声、震えるような声
歌の鎖は天に届き 地上には愛があふれだす
どこまでも高く ひばりが羽ばたいていく
谷はきらきらと輝き ひばりの杯となる
ひばりの歌は葡萄酒となり その杯を満たす
そしてわたしたちも天に昇っていく ひばりとともに
やがてひばりは光の輪の中に消えていった
あとには歌のまぼろしだけを残して…



レイフ・ヴォーン・ウィリアムズ(以下RVW)は近代化に伴う口伝の消失を憂いて民族音楽の保存に力を注いできました。それは民謡のありかたを理想の芸術のありかただと考えていたからです。


民謡は、われわれのさまざまな音楽的趣味を和解させるためのきずなではないだろうか。ポピュラーとクラシック、低級な音楽と高級な音楽というぐあいに、われわれはあまりに音楽を区別しすぎる。われわれはいつか、ポピュラーでもクラシックでもない、高級でも低級でもない、あらゆる人びとが参加できる、理想の音楽を見出すだろう。フィレンツェの群集が、チマブエの偉大なマドンナを大聖堂に運んだ時の行列を、おぼえているだろうか。われわれの芸術はいつそのような勝利を獲得できるだろうか。芸術の大衆化はホイットマン的な夢想にしかすぎないのだろうか。現在、それは夢である。しかし実現可能な夢なのだ。われわれはこの夢の中に、われわれの芸術が真の生命をもち、その中により大きな生命への芽をもっていることを理解しなければならない。われわれの芸術が生きつづけているという証拠は、われわれの民族の精神的願いを、いく世代にわたって歌ってきた民謡以外の、いったいどこに見いだせるだろうか。(『民族音楽論』より。太字は本記事執筆者による)


「誰にでも共有される」ことによって「生きつづけ」、さらには次世代の「より大きな生命への芽」となる。単なる内面の吐露(近代音楽)でもなく衒学(現代音楽)でもない。Artとは人と人を繋げるものでなくてはならない。

それがRVWの目指した音楽であり、事実、彼の音楽は英国人の「みんなの風景」として現在まで愛されています。2014年には英国で最も人気のあるクラシック音楽に選ばれています。




世界対戦期に生きた-近代化で伝統的な生活が荒み、経済大国としての地位も米国に奪われ、戦争で疲弊しきっていた―からこそ生まれた危機感、奏でられた音楽。断絶が即時性・共時性をもって大袈裟に・大量に生産され消費される現代にもおおいに通用しうるArtでしょう。

われわれは、空に舞い上がるひばりに同じように春の訪れを感じ、そのさえずりに同じように幸福を見いだす。そういう生き物なんじゃないかいと語りかけてくれるような気がします。


あげひばり【揚雲雀】
空を舞い上がるひばり。春の季語。

朝凪や ただ一すじに 揚雲雀 蓼太