見出し画像

かごの中では、飛んだり跳ねたりしないでください。

私の勤め先は、駅前ビルの中にある。
育児休暇が明け、久しぶりに会社に行くと、エレベーターが新しいものに変わっていた。

ボタンの上にはディスプレイがあり、「1、2、3・・・」と今何階にいるのかが表示されている。その下に、文字が流れていた。

危険!かごの中では、飛んだり跳ねたりしないでください。

ん?エレベーターの中で飛んだり跳ねたりする人っているか?
流れる文字を見ながら、私はうーんと唸ってしまった。

あ、いたわ。私だ。遠い過去の記憶が蘇ってきた。


あれは私が小学校3年生のことだった。
私はどちらかというと大人しい子供だったのだが、友人は必ずしも大人しい子ばかりではなかった。

ナナちゃんという友人がいた。
「おてんば」というより「やんちゃ」な女の子だった。

ある時、「一緒にコンビニ行くよ」と誘われた。(小学3年生で、コンビニに行くというのも、「ナナちゃんってませてるなぁ」と思っていた。)

そこで彼女は、100円ライターを手にして、つまみを指ですっと擦ったのだ。けれど、火はつかなかった。
「こしたらつくはずなんに・・・」なんどか試していたが、結局つかなかった。

いや、火つかんくてよかったな・・・。今考えると、それが救いだ。

こんなこともあった。
立体駐車場のおじさんとなぜか顔見知りだったナナちゃん。
駐車場に来るや否や、「今日も乗せて~」と駐車場入り口にあるターンテーブルに飛び乗ったのだ。

「仕方ないなぁ。今、誰もおらんから。」
そう言って、おじさんはターンテーブルを回し始めたのだ。

「リコもおいでよ~」とナナちゃんは誘ってくれたが、「え、危ないし」と思った私は、遠慮しておいた。
「楽しいのに~」そう言って、ナナちゃんは回るターンテーブルの上ではしゃいでいた。


そんな彼女がある日、「ねぇねぇ、面白いこと発見してんけど」と興奮気味に声をかけてきた。
「今日、デパート行くよ。そこで教えてあげる!」
いや、私行くって言ってないけど・・・。なかば強引に予定を決められてしまった。

デパートに着くと、ナナちゃんはまっすぐエレベーターの方へ歩いて行った。
「上に行くやつに乗るよ」そう言って、二人でエレベーターに乗った。
他のお客さんは次々と降りていき、かご内に私とナナちゃんの二人だけになった。それを見計らって、彼女はこう叫んだのだ。

はい!ジャンプするよ!それっ!

ナナちゃんはポーンと飛んだ。
「ほら!リコも!」
そう言われて思わず、私もポーンと飛んだ。
ふわっと浮いた感覚があった。
「ほら!めっちゃ高く飛べるやろ?」
ナナちゃんはいたずらっぽく笑っていた。


正直に言うと、当時の私はナナちゃんのことがあまり好きではなかった。危険なことばかりするし、私の意見なんてお構いなしだったから。

けれど、今になって振り返ってみると、ナナちゃんは自分が楽しいことを私にも教えたくてたまらなかったんだろうなぁ、と思うのだ。

もう大人だし、エレベーターの中で飛ぶなんてこと、いくら彼女だってしないだろうけど。
大人になったナナちゃんがもし、この注意書きを読んだら、夢中になって楽しんでいたあの頃のことを思い出すだろうか。
そこに私はいるんだろうか・・・。
なんてことを、新しいエレベータに乗りながら、私は考えていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?