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忘れがたきうどん店(6) 手打ちうどん 鶴丸<再掲載>



はじめに ~おわび~

2023年7月12日「忘れがたきうどん店」シリーズ第6回として、高松市の「手打ちうどん 鶴丸」の記事を公開しましたが、7月27日に次の記事を書く際の編集を誤り、記事内容を消失させてしまいました。おわび申し上げます。

第7回・第8回と前後する形となりますが、本稿は第6回として「鶴丸」来店時の記事を改めて掲載します。

高松市・夜のうどん店

先日SNSで、高松市中心部における夜の飲食店事情に関する意見を見かけた。投稿者は地元の人とみられる。それによれば、高松市を来訪する旅行者に夕食の場としてのうどん店はあまり勧められないという。客室の宿泊案内ファイルにその旨の記事を載せているホテルがあるようで、写真も紹介されていた。

香川県のうどん店は大多数がランチタイムに特化した営業を行っている。早朝から開ける店はいくつかあるが、夕方以降の営業はほとんどみられない。自家製麺で、品質や鮮度にこだわり、天ぷらなどサイドメニューを含めて作り置きをしない方針ならば必然的にそうなる。夕食時間帯は職人さんにとっても家のことなどを行い、翌日に向けて英気を養う大切な時間なのだろう。逆に、夜もうどんを出している店は相応の問題を抱えている場合が少なくないと言う。

それならば他のメニュー…といっても、高松市はうどんのイメージがあまりにも強くて他の食堂やレストランの数が少なく、加えて早い時間に閉める傾向が目立つため、旅行者にはハードルが高いという意見であった。

部外者である私はこの意見に口をさしはさめる立場ではない。それでもおいしいと定評のある夜間営業うどん店がいくつかあるので、その中から狙いを定めてみた。

カレー天うどん

訪れた店は高松市古馬場町の「手打ちうどん 鶴丸」。20時から翌日2時まで営業する、夜のうどんに特化した店である。

高松琴平電鉄瓦町駅が最寄りで徒歩5分くらいだが、高松駅からも何とか歩ける距離。約20分かかる。私は2023年4月高知市内に出かけた帰り、寝台特急「サンライズ瀬戸」の待ち時間を使って行ってみた。

高松駅には19時35分到着。改札口脇からGoogleマップのナビに従い、アーケード商店街などをひたすら歩く。地方都市ゆえ既に人通りは少なくなっていたが、トランペットの生演奏が聞こえてくる店の前を通りかかった。ガラスごしに見える店内では十数名が演奏を楽しんでいる様子。コロナの影響で一時期どこの街も静まり返っていたが、2022年秋ごろから再び音楽の生演奏を耳にする機会が増えてきた。

美術館裏の通りを進み、フェリー通りの交差点を右折するとすぐ。開店5分前に到着した。既にひとり待っている。勘亭流文字を用いた「鶴丸」の電照看板はまだ点灯していないが、店の扉は開いていて、中ではやや強面の店主が自身の夕食を取っていた。

時間が来て、店主が入口に暖簾を掲げて電照看板を点灯する。いつのまにか私の後ろには十数人が列を作っていた。そのほとんどが地元の若い人のグループと見られる。一気に地元に根付く店の独特なふんいきが立ち上り、気圧されそうになる。

「鶴丸」入口暖簾(2023年11月)
小さいながら存在感を放つ電照看板(2023年11月)

店内は厨房に接して6席程度のカウンター、壁際にテーブルが4卓くらい?20人前後収容できるだろうか。昔のガイドブックでは2階にも席があると案内されているが、今は1階しか使われていない模様。厨房入口前にはおでんがたくさん煮込まれていて、香川県のおでん人気がうかがえる。関西の人はおでんにあまりなじみがなく「関東煮」と称するほどと聞き及んでいるが、ここはまた違う文化圏なのだろう。

2番目に入店した私はもちろんカウンターに通された。注文はカレー天うどんとあらかじめ決めていたが、次に隣に座った常連さんらしき人が先にオーダーした。注文すると鮮やかな黄色の伝票を渡される。

カレーうどんは普段から大好物で、盛夏期以外はよく家で作っている。オンラインショッピングで常備している半生讃岐うどんをゆでて、市販のつゆを薄めて和風カレールーを溶かしつつ温め、近所のスーパーマーケットの薄切り肉や野菜を添えていただく。お店で頼むからにはそれを超えるレベルを期待してしまう。

メニューは写真の通り。カレー以外にも各種取り揃えている。

2023年11月現在

裏面には英文のメニュー紹介が掲載されている。

目を通すだけで楽しくなる

地元客のみならず、外国人も含めた観光客も意識しているのだろうか。お店のホームページメニューにも英文が併記されている。

オーダーを受けてから麺をゆで、天ぷらを揚げるシステム。鮮度は保証できるが、10分ほど時間がかかる。到着した丼にはカレーうどんの上に海老、ししとう、カボチャの天ぷらが載せられていた。ねぎや天かすはお店側の盛り付け。

カレー天うどん(1,200円)

天ぷらの衣はパリパリで食感がよい。海老も野菜も新鮮。だしのカレーは中辛相当か。たまねぎと牛すじ肉で煮込んでいるそうで、コクがある。香川県のうどんといえばまずイリコだが、その癖も上手にカバーしている印象だった。とろみもほどほどで好感が持てる。

麺は特別コシがあるというほどではないが、表面はツルリとしていて、芯はほどほどに歯ごたえがある。香川県のお店としてはかなり高価なほうだが、営業時間を勘案すれば致し方ないだろう。私は十分満足できた。ごちそうさまでした。

お店を出るとかなりの人が並んでいて驚かされる。駅には20時45分ぐらいに戻り、近くのコンビニで買い物をしても21時26分の発車には余裕で間に合った。

「サンライズ瀬戸」乗車前の腹ごしらえに最適のお店…と言いたいが、前述の通り高松駅からそこそこの距離があり、暗くなると似たようなたたずまいの道が続く。開店と同時に入れるようにしないと意外と待たされる恐れもあるので、旅に慣れていない人は慎重に行動することを勧めたい。

早い時間は夕食目当てのお客さんが多いが、深夜時間帯には他地域の「〆のラーメン」の代わりに「〆のうどん」とばかりに、お酒を飲んできた人がよく訪れ、また違ったふんいきになるという。他のうどん店と一日のサイクルをずらして、昼間はしっかり休むという店主のアイデアが光る店である。

牛しゃぶカレーうどん(2023年11月)

私が選ぶうどん店

ここで、私が出先や旅行先でうどん店を選ぶ際に心がけていることを書いてみたい。今はネットで飲食店案内がたくさんあり、いつでも簡単に検索できるので、出発前に念入りにリサーチしている。

準有名店

讃岐うどん店めぐりは一時のブームが落ち着き、近年は旅行スタイルのひとつとして定着している。動画サイトや個人ブログには夥しい数の来店レポートがある。

それらを見ていると「誰もが行きたがるネームバリュー店」がいくつかあると気づかされる。とりわけYou Tube動画に多い。いわゆる昭和歌謡ポップスやJ-POPになぞらえれば、メディアでいつもそれしかかからない代表的ヒット曲に相当するだろう。超有名店は平日も含めて常に長い行列ができて、繁忙期には店のある区画を一周しかねない日もあるという。店主がメディアの取材によく出演する店もある。そのようなお店も多分おいしいのだろうが、私は生来のへそ曲がりゆえ、あえて自分が行かなくてもよいと考える。

行列に並ぶこともステータスのひとつと考える向きもいるようだが、私はせっかくお金をかけて遠くから行くのならば、真の実力店でゆっくりと味わいたい。

私が行きたいお店は”超有名店”に続くグループ。あるいは失礼な言い方かもしれないが”準有名店”としたい。派手ではないが根強い人気がある、地元のうどん好きな人の間で評価が高い、最近評判があがっている、東京などの大都市圏ではあまり見られないスタイルを取っている、昔から地道に営業している、などを判断基準としている。歌謡ポップスになぞらえるならば、発売当時ヒットしても今はあまりかからない曲、レコードのB面・CDのカップリング・アルバム収録の名作に相当するだろうか。

このシリーズでは最初のがもううどんこそ超有名店クラスだが、他は準有名店と言えるだろう。

単独営業店

東京でさぬきうどんといえばHうどんやM製麺などの全国展開大手チェーン店を思い浮かべる人が多いだろう。香川県には他に、ほぼ県内に特化したチェーン店がある。超有名店クラスの知名度を誇り、味も定評つきというお店もいくつか営業しているが、チェーン店は大量かつ安定に供給することが最大目的なので、レシピが固定されている。麺はゆでたてでもサイドメニューを作り置きせざるを得ないところもある。それならば全国チェーン店と本質的に変わらない。せっかく出向くのならば単独で営業しているお店にお邪魔したい。

公共交通機関だけで行ける店

私は車を運転しない。免許はあるが、教習所を出てから一度も運転していない。子供の頃から常にボーッとしていて、検査視力はよいものの見るべきものが見えていなくて、突然怒られることが絶えない。教習中から、自分が運転すると多くの人を不幸にしてしまいかねないと痛感していた。

ゆえにうどん店めぐりでも「公共交通機関だけで営業時間内にアプローチできる」こと、すなわち駅やバス停に近いことは必須条件である。いくら定評のある実力店でも自家用車でしか行けないところは初めから対象外になる。公共交通機関に乗車・乗船する楽しみも兼ねて、おいしいうどんをいただきたい。

接客姿勢

今の言い方を使うならば私は「硝子メンタル」に近く、ぞんざいに扱われるたびに悔しさを引きずるタイプである。従って接客姿勢も重要な判断ポイントになる。

近年は”クレーマー”が社会問題となり、常識を逸脱した行動を取る客に厳しい視線が向けられるようになっている。「客は神様ではない、同格だ」と主張する向きも増えてきた。

神様と思えとまでは言わないが、それでも食事提供の対価を支払い、店主やスタッフの生活の糧を与えている以上は、完全に同格という意見には同意しかねる。少なくとも常識的にふるまう客にいきなり怒鳴るなど荒っぽく接したり、客の属性を見て態度や発言を変えたりなどの姿勢は慎んでいただきたい。誤認により不必要な注意をしてしまった際は失礼をきちんと謝ってほしい。

忖度の少ない情報のサーチ

初めて行く店が如何なる接客姿勢を取っているかは運にも左右される。しかし今は、ネットを丁寧に見ていけばおおよその雰囲気が把握できる時代である。そのサーチ方法にもコツがある。

ネット黎明期から運営されている大手の飲食店紹介サイトでは大人の事情が働いて、悪い評判は載りづらくなっている。誰もが簡単に発信できる世の中、不用意に指摘すると思わぬ反撃を受けかねない。「暮しの手帖」商品テストのように、よいところはよい、ダメなところはダメと切れ味よく書くことはなかなか難しい世の中である。

そんな状況下、Googleのクチコミや個人ブログは比較的忖度が少なく、「暮しの手帖」的切れ味が感じられる。チェックポイントは低評価の数と内容。

Googleのクチコミは、うどん店に限らず医療機関などの他分野でも、納得いかない対応を受けた際の告発の場としても機能している。満足できた時はわざわざ書くまでもないが、不満が生じた際は言わずにはいられない心理が働く。従って評価が低くなりやすいバイアスが存在しているが、それを込みで丁寧に見ていけば、クチコミ数がそこそこ多くなおかつ低評価がほとんどないお店がいくつかあると気づける。そういうお店ならば行ってみたいと思う。

個人ブログは、発信者が店主と仲よくしている場合は評価が甘くなるなどのバイアスがあるが、地道にたくさんのお店を回って評価する、「暮しの手帖」精神で書いている人もいる。もちろんブログ主の好き嫌いが色濃く反映されるが、複数の個人ブログで評判がよく、他のネット情報でもネガティブ評価が少ないお店ならば期待してもよいだろう。このシリーズで言えば「瀬戸晴れ」も「麦蔵」も、今回の「鶴丸」もその考え方に沿ってサーチした結果見つけたお店である。

たかがうどんで…と笑われることを承知の上で、いわゆるネットリテラシーはこのような地道な姿勢から身につけていけると思う昨今である。

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