はじめに

この記事では、デレマスの楽曲『クレイジークレイジー』の歌詞において、どのように「トリップ感」が演出されているかを考えていきます。

前提として、この『クレイジークレイジー』という曲は、デレマスの中でも内面が（いい意味で）ぶっ飛んでいる二人、一ノ瀬志希と宮本フレデリカのユニット曲です。
非常に中毒性があり、まるで夢の中にいるかのようなふわふわとした感覚になれる素晴らしい曲です。
音楽のジャンルには明るくないですが、どうやら「フューチャーベース」というジャンルの要素が盛り込まれているようです。
この「ふわふわとした中毒性」という感覚状態を「トリップ感」と呼ぶことにして、『クレイジークレイジー』の歌詞中でどのように「トリップ感」が演出されているかを見ていきます。

『クレイジークレイジー』は分析を拒む

この楽曲を何度か聴いた時、歌詞の基本的なストーリーは、以下のような感じだと考えました。

ある女性が恋人と一緒にコーヒーを飲みながら映画を見ている。
しかし、隣にいる恋人の心は映画の内容よりも、女性に向いているようだ。
気づけば二人は、映画を観ずに二人の世界に溺れていく……

という感じです。
少し乱暴に言えば、家で映画を観ていたけど、映画そっちのけでセックスが始まる、という感じ。

事実、僕はこの路線で『クレイジークレイジー』を読み解くため、上に記したストーリーラインに、歌詞がどのように関わっていくかを見ていこうとしたのです。
さらに具体的に言えば、「映画」と「コーヒー」という存在がどのように歌詞に絡んでいくかを考えてみたかったのです。
しかし結論から言うと、無理でした。
なぜなら『クレイジークレイジー』は、こうした分析を拒むからです。
この歌詞について読み解けば読み解くほど、考えれば考えるほど、驚くほど「つじつまが合わない」のです。
そこではたと気付きました。
「トリップ感」を整然とした理論で読み解くことなどできないのだ、と。

愚直に書き出してみる

しかし、そこで分析を諦めては話が終わってしまいます。
まずは愚直に「歌詞で何を描いているのか」を見ていきたいと思います。

最初の作業として、「トリップ感」を演出する上で重要な歌詞を一通り抜き出して、出てくる順番に並べてみました。
これを歌詞分析のたたき台とします。

【１番】
・「空飛ぶ夢　見た後に」
・「飲みかけのぬるいコーヒー」
・「映画はまだ続いてる」
・「ありふれた午後」
・「違っているのは私だけ」
・「止まらない　終わらない　君のこと考えて　私　おかしくなっちゃうよ」
・「レイジーなラブが今　クレイジーになるよ」
・「君と空飛びたいなんて　思っちゃってるんだ」

【２番】
・「映画はまだ続いてる　昼下がりに似合わない　クライマックス迎えて」
・「走るヒーロー　優しくて　勇敢で　素敵なんだ　君の方がね」
・「落ち着いて　落ち着いて　独り言　呟いて」
・「寂しげに冷え切った　コーヒーを飲み干した」
・「映画なら終わったよ　ありきたりなロマンス」
・「私　泣いちゃってるんだよ」
・「私なら　ラストのアイラブユー　最初に言うよ」
・「二人なら　そのあとは　壊れそうなキスしたまま　映画が終わる」

以上が、大まかなストーリーラインの流れ、つまり歌詞の「骨格」です。

歌詞の意味

この骨格のそれぞれが何を意味しているかを考察していきます。

【１番】
・「空飛ぶ夢　見た後に」……セックスが終わった暗喩？　もしくは妄想の世界に浸っていた？
・「飲みかけのぬるいコーヒー」……映画が始まって１時間近くは経っている
・「映画はまだ続いてる」……まだクライマックスを迎えていない
・「ありふれた午後」……平穏な状態を表現している
・「違っているのは私だけ」……「私」の中にすでに変化が起きている
・「止まらない　終わらない　君のこと考えて　私　おかしくなっちゃうよ」……映画そっちのけで思考が暴走している
・「レイジーなラブが今　クレイジーになるよ」……映画そっちのけで二人で何かをしている
・「君と空飛びたいなんて　思っちゃってるんだ」……二人の時間に溺れている

【２番】
・「映画はまだ続いてる　昼下がりに似合わない　クライマックス迎えて」……クライマックスを迎えているということは、１番の歌詞から30分〜１時間が経過している。二人の世界に溺れたことにより時間が飛んだ？
・「走るヒーロー　優しくて　勇敢で　素敵なんだ　君の方がね」……映画を観ている。最後は理論が破綻している
・「落ち着いて　落ち着いて　独り言　呟いて」……自我が崩れかけている。二人でいるのに「独り言」？
・「寂しげに冷え切った　コーヒーを飲み干した」……落ち着きを取り戻しつつある
・「映画なら終わったよ　ありきたりなロマンス」……「私」だけが映画を観ていて、内容も理解している
・「私　泣いちゃってるんだよ」……感情の抑制が利いていない
・「私なら　ラストのアイラブユー　最初に言うよ」……映画のラストを見た上で、感想を述べている
・「二人なら　そのあとは　壊れそうなキスしたまま　映画が終わる」……起承転結を放棄している

トリップ感の正体

……こうして見てみると、まず指摘できるのは「一貫性がない」ということです。
冒頭の「空飛ぶ夢　見た後に」は、空想の世界（もしくはセックス）から我に返ったと読み取れますが、この時点では映画は半分程度しか進んでいませんから、そんな早くから空想の世界に飛んでしまうかな？　という疑問があります。
そしてサビ前からサビ終わりにかけて、「私」は夢見心地で、「君と空飛びたいと思っちゃってる」状態……。ということは、冒頭の「空飛ぶ夢」は単なる空想であり、「君」とはまだ何も起こっていないとも取れます。
そうなると、やはり冒頭の「空飛ぶ夢」は何を表現しているのかが疑問として宙に浮いてしまいます。これを説明できる箇所は歌詞内には見当たりません。

そして２番。
映画がクライマックスを迎えていることから、１番のサビから少し時間が経過した状態と予想できます。
そして次に、映画の内容に言及していることから、この間は映画をきちんとみていたことになりますが、１番のサビではまるで夢見心地の状態であって、ここでも整合性は取れてません。
そして一番の問題の行。
「走るヒーロー　優しくて　勇敢で　素敵なんだ　君の方がね」です。
これはもう、露骨に破綻しています。
途中までが映画の感想なのに、最後の「君の方がね」で映画の話ではなく「君」の話になっています。
そうなると、その手前の「素敵なんだ」も、映画の感想ではなく「君」への言葉となるわけです。
これはもう錯乱しているとしかいいようがない１行です。不条理すら感じます。
もはやなんの話をしているのか定まっていないという態度が見えます。足場がグラグラと揺らぐ感じ。これはわかりやすい「トリップ感」です。
そしてそれ以降は、例えるなら抽象画のような文字表現です。
なんの一貫性もなく、論理がゆらゆらと揺らいています。
「映画なら終わったよ」ということは、「君」は映画を観ていない。じゃあ何をしていた？　セックスをしているのなら、なぜ「私」だけは映画の内容を知ったのか？
そして「ありきたりなロマンス」なのに「泣いちゃった」のはなぜか？
これはもはや、国語のテストのような『この時の「私」の気持ちを答えなさい』という問いを立てられない問題です。だって、おそらく理由などないのですから。
強いて言うならば、「論理的に説明できない感情が湧き起こったと記すことでトリップ感を表現したから」となるでしょうか。
「私なら　ラストのアイラブユー　最初に言うよ」に関しても、起承転結を放棄するという姿勢の表明であり、物語の流れ、話の筋というものを完全に否定しています。
「気持ちいいクライマックスがあるのなら初めからそうすればいいじゃん」とでも言うかのようです。まるで脳を快楽物質に支配されたかのような「トリップ感」。
この歌の最後の一行も強烈です。
「二人なら　そのあとは　壊れそうなキスしたまま　映画が終わる」
……もう、言葉になりません。
私たちが映画の登場人物なら、最初にアイラブユーを言って、それからキスをして映画が終わる。
そう言っているのです。
ちなみに、ここで初めて「私」と「君」を映画の登場人物と考えるあたりも、非常に「現実感」が薄く、「トリップ感」が強い思考だと言えます。

一貫性がないという点で一貫性がある

これまでの考察をまとめると、この『クレイジークレイジー』の歌詞は、

・実際に映画のどの部分を見て、どの部分を見ていないのかも判然としない
・映画への感想（ありきたり）と、「私」の感情（泣いちゃった）が結びついていない
・「何かを積み重ねて、最後に盛り上がる」という論理的な物語の構造を否定している

という、まったく一貫性のない歌詞だと思います。
しかし、逆に言えば、一貫性がないという点での一貫性はある。
非常に非論理的で、不条理で、衝動的・刹那的な歌詞としては筋を通しているのです。
その部分が曲と合わさって強烈な「トリップ感」として表現されているからこそ、『クレイジークレイジー』は「トべる」歌になっているのだと思います。

最後になりますが、『クレイジークレイジー』、本当にいい歌です。脳がぐるんぐるんして、気持ちよくなれます。
この歌の歌詞を分析しようという目論見は、当初の予定とは違うところに着陸してしまいましたが、それでも個人的には『クレイジークレイジー』の魅力に少しだけ迫ることができたかな？　と思います。

しかし、執筆コストが少々高かったので、次回はもうちょっとライトな記事を書きたいなーなども思いつつ、また音楽語りをやりたいなと思いますので、よければ読んでやってくださいー。
ではでは、ありがとうございました！！