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トルコ桔梗~「高校教師④」

米倉は、妹の入院する病院の駐車場でしばらく考え込んでいた。
先週、妹の主治医から言い渡された言葉が何度も甦る。

「抗癌剤の効果も見られなくなって来ました。出来る限りのことはしますが、最悪の状況をお考えください。」

医師の言葉というのは、幾重にも優しさに包まれているものだ。
平日に見舞いに来る両親には、その旨を自分から告げると言うのに精一杯だった。

(本当は何年なのか、いや何か月の命なのだろう。)

先週聞けなかった言葉がこみ上げてくる。


結婚どころか恋愛も諦めた妹が不憫でならないが、現実を受け入れなければならない自分の立場を考えていた。
兄は、地方公務員として隣県に住んでいるので、そうそうこちらへは来られない。両親に話をするのは自分の役目だった。

米倉は、来る途中に買った初物のトルコ桔梗を抱え、母親が作ったぼた餅を携えると車を降りた。

(妹には何か明るい話をしたい!)

そう思った時に、リリ子の顔が脳裏に浮かんだ。
リリ子との逢瀬は、米倉の心を占め始めていた。
夏休みは長い。
生徒に会えない期間を寂しいと感じるようになったのは、範子たちの冷やかし行為がまんざらでもないこともあるが、生徒たちの屈託のない顔が今更ながらに懐かしい。
教職とは、一方的に教えることではなく、エネルギーの交換作業の仕組まれた仕事なのだと感じるようになっていたのだ。

そして今日午後にはリリ子に会い、リリ子の笑顔が見られる。
そう思うと、妹の見舞いに自分は惜しみなくエネルギーを使おう。

(それでいいのか?)
(自分はリリ子に何をしてやれるのだろう?)

妹を見舞った後の自分を想像した。
妹のことを考えると、リリ子の生が眩しい。そして、そのリリ子から自分は何かを欲している。
米倉は、自分の中に生まれた魔物の正体を考えないように、病室へと向かった。
(つづく)

※事実を元にしたフィクションです。
人物や固有名詞は全て仮名です。
同じ名称があれば、それは偶然ですのでご了承ください。