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螺旋groove

最近、ある方のyoutubeをよくみている。
(普段、動画配信などはほとんどみない)

とってもさりげなーく、会得してきたさまざまな要素のパーツを、感性でつむいだ独自のパッチワーク感、発信内容よりそのプロフェッショナル感にみとれる。でも、数年前という初期の動画をみると、内容は似ていても、いたって普通だった。

そうだよね。いきなりこの密度感とチカラの抜き加減は出せないもん。

どんなことでも続けていると出てくるgrooveがある。
最初は五里霧中だったのに、軸をみつけ、飾りはこう、ここでハズす、みたいな感覚はやがて螺旋をのぼるように育ってゆき、残響をひきずりながら、次第に表現に牽引力とか弾力みたいなものが形成されてくる。

なにもかもを渦にのみこんだ磁場ともいえるそれを、わたしはgrooveと呼んでるのだけど、もっとみたい聴きたいとおもってもらえる魅力につながる鍵なんじゃないかなって。

この段階でもうスタートとは別のステージにいるんだとおもう。うまれもっての才能があれば大きな補助輪にはなるけど、継続はチカラというより、

継続はgroove

かな。

わたし自身、興味のままに動くところはあるからエラそなことはいえないとはいえ、続けてこられるほどすきなことは、いずれもオシゴトというステージにたどりつくことができた。
grooveには想定を超えた大きなことも引き寄せる作用もあって、背伸びをしてでもトライをしてるうちにまた段階があがり、「きづき」のキメも細かくなってゆく。
進化してゆくプロセスのよろこびは継続した者だけのごほうび、かな。

もちろん、人生にはいろんな瞬間があるし、立ちどまってしまうことはある。でもとまるとgrooveも消える。
感覚や技術は記憶としては残るけど、磁場はすっと消えちゃう。

そんなときに限ってともだちの近況を耳にしたりする。
以前に「〇〇をはじめたよ〜」なんて言ってた彼、彼女が、しばらく会わない間にその分野ですこし目立つ活動をしていたりするのをみかけると、あぁぁぁ、わたしは何をしていたんだぁと自己嫌悪。この瞬間はとてもしんどい。しばしじぶんの不甲斐なさと向き合うはめになる。

じぶんで決めてスタートしたことをやめると、なぜか吹き矢になって返ってくる不思議。けっこう刺さる。そこから立ち直るには言い訳か、がんばって巻き返すかしかない。あらたにgrooveをつくりだすには、もう一度螺旋を駆け上がるくらいのエネルギが必要になるのだけど。

わたしがvocalと作詞をしているバンドでは、「はじめたことはなるべくやめない、続ける」ことをプロデュサ氏から呪文のようにいわれる。
(かたちを変えたり、必要な削ぎ落としはあるけど)

ややもするとさぼりたくなる、忙しさに埋もれるオトナの日常のなか、創作活動を続けるっていうのは実はとってもハードなんだけど、継続の先にある景色を知っているから、つくること表現することはやっぱりやめられないとまらない🦐🍘   とまる=螺旋から降りてゆくことだから、ね。

リリィミンツ
SSMP
* ずっとウタうシゴトしています*

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