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2.島根つわの旅 - 100枚の絵と鷺ダンス

津和野は町の全体が日本遺産に登録されています。そのわけを確かめに、高津屋さんを後にして津和野町 日本遺産センターへ行きました。

前の記事はこちらです。
→1.島根つわの旅 - 茶色い瓦とくすり屋さん

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(この先はあまり写真を撮っていないので町に泳ぐ可愛い鯉の写真を挟みます。)

日本遺産センターでは壁一面に “津和野 百景図” が展示されていました。江戸時代の津和野の風景や生活を描いた100枚の絵。すごいことに、描かれている名所やお祭りなどの半分以上が今も残っています。

町の人々が文化を大切に伝え続けてきたということであり、その証拠が絵に示されているということ。ふたつが合わさる形で日本遺産に登録されました。格齋(かくさい)先生ありがとう。絵を描いた栗本格齋は藩主の側近で御数寄屋番(お茶室係)として仕えていた人で、几帳面なことに絵だけでなく解説もつけてくれています。

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(見てる……。)

格齋先生のさらにすごいところは、この絵をリアルタイムに描いていたのではなく、津和野を離れて数年経った明治の頃に当時のスケッチや記憶を元に描いていることです。描くことを命じたのは亀井家の14代当主、亀井茲常(これつね)。この人は明治に入ってから亀井家を継いだ人なので、江戸時代の様子を知りません。しかも渋谷に住んでいました。だから自分のルーツである津和野の姿を残さなければと思ったのかもしれません。茲常ありがとう。

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(ホルスタイン鯉)

ちなみに私が書いている内容は、一部は調べ直していますが(記憶力が悪いので)ほとんど日本遺産センターの方が教えてくれた内容です。このご時世で観光客は歓迎されないだろうと思い身を小さくして展示物を見ていたところ、すすすと近くに来て「よかったら簡単に説明しましょうか?」と声を掛けてくださいました。嬉しかったです。なんだか、高津屋さんでも感じたのですが、津和野の方はひかえめで親切な方が多いような気がします。積極的に話しかけてくるわけではないけれど、お尋ねするととても親切に答えてくださる。もう大好きになりました。

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(町の小脇を鯉が泳ぎます。涼しげな景色です。)

津和野百景図はサイトでも見ることができます。一番良いのは実際に土地を訪れて絵と見比べながら歩くことですが、絵だけでも面白いので興味のある方はぜひ。私が好きなのは第十七図の「祇園会鷺舞(ぎおんえ さぎまい)」です。
津和野百景図サイト

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で、この鷺舞がまた面白くて!!

雄鷺と雌鷺が対になって舞うのですが、衣装が独特。もともとは京都の八坂神社に奉納されていた舞いで、室町時代に山口まで伝わっていたものが津和野でも取り入れられたそう。一度は途絶えましたが、江戸時代の初期にもう一度京都で習得し復興させたんだとか。そして今では山口では行われておらず、京都でも簡略化されており、当時のまま継承されているのは津和野だけだそうです。

書くより見ていただく方が早いと思うのでyoutubeを貼りました。独特ですよね…めちゃくちゃ良い。ゆっくりとした動きが高雅で、衣装もひとつの楽器として演じています。この衣装は桐や檜、竹、和紙で作られていて、重さは15kg以上もあるそうです。

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唄の内容は、これは多分ですが、「橋の上におりた鳥はカササギだ。サギが橋を渡した」ということを唄っているようです。ガイドマップにはあまり詳しいことが記載されていなかったのでざっくりと調べましたが、もともとは七夕の物語が元になっているみたいです。七夕伝説の発祥である中国ではカササギという鳥が天の川に橋を架けると言われていて、日本ではあまりカササギが知られていなかったので、伝わる中で白鷺に変化したのだろう、とのこと。

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毎年7月20日と27日に鷺舞が行われ、弥栄神社に奉納されます。いつか見に行きたいな。

(参考リンク)
日本遺産 津和野今昔 ~百景図を歩く~

津和野 弥栄神社の鷺舞 | 津和野文化ポータル

つづく。

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