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シナモンロールは、うさぎですか。

「シナモンロール」というサンリオキャラクターを、ご存知だろうか。

長く垂れた耳を持つ、うさぎのような姿をしたキャラクターで、その体は二頭身で真っ白い。瞳は淡い水色をしており、その水色が彼(シナモンくんは男の子)のイメージカラーだ。白いおしりにくっつくしっぽは、その名に冠する「シナモンロール」のパンのようにくるりと巻かれていて、なんともかわいらしい。

……やってみて思ったのだけど、人外の、それも架空のキャラクターを文章で描写するって、なんて難しいのだろう。古今東西、すべてのファンタジー小説家の皆さんに、改めて畏敬の念を抱かざるを得ない。読んでくださるあなたを正しい想像へ導けたかどうかは自信がないけれど、つまりシナモンロールくんはこんな姿をしています。

小さい頃、私はこのシナモンくんのことが大好きだった。

幼稚園に持っていくとっておきのハンドタオルは、シナモンのプリントがされているもの。無地のタオルにも、シナモンのアップリケを貼り付けてもらって、ほらこれでシナモンのタオル。胸元の名札をひっくり返せば、ここにもシナモンくんのシール。
なんてことないキャンディだって、パッケージにシナモンの顔がプリントされてさえいれば、欲しがったものである。

翌年に小学校入学を控え、揃え始めた学業品も、当然シナモンざんまい。
筆箱、鉛筆、消しゴム、水筒、防災頭巾を入れる袋……なんでもかんでもシナモン、シナモン、シナモン。見渡す限り、シナモン、シナモン、シナモン。家の中に転がる水色と白の雑貨は、大抵私の私物だった。

そんな当時の私には、ある由々しき悩みがあった。それはシナモンロールが何の動物なのかがわからないこと。
当時のサンリオ公式サイトは、父にねだって毎日のように見せてもらっていた。シナモンのプロフィールページも覚えるほどに見ていた。いわく、シナモンはカフェを経営している男の子であるとのこと。肝心の種族はわからない。

うさぎ……だと思う、たぶん。でも幼稚園のれいなちゃんとまほちゃんは違うよって言ってたな。でもうさぎじゃないならなんなの……?

気になることは、母に聞くべし。おかあさんにわからないものはない。
しかし、問うと母は「知らない」と言った。
おかあさんにもわからないなんて。
驚いていると、母は家事の手を止めて立ち上がる。「ちょっと待っててね」と私のそばを離れ、何か調べ物を始めた。そして電話の受話器を手に取り、どこかに電話をかける。
そして私に受話器を手渡して、「自分で訊きなさい」と言った。
受話器を受け取る。

「……もしもし」
「はい、もしもし」
若い女の人の、やさしい声がする。

「シナモンロールは、うさぎですか」
「ちょっと待っててくださいね」

どきどき。

「お待たせしました」
「はい」
「シナモンロールは、こいぬです」

こいぬ。

「……ありがとうございました」

静かに電話を切る。

「シナモン、なんだって?」
「シナモン、こいぬだった」
うさぎではなく、こいぬ。犬でもなければ、こいぬ。
「そう、わかってよかったね」
母はにっこりと笑って家事に戻っていった。

一人残された私。
じわりと熱い感情がこみ上げ、それは涙となって目からこぼれた。
ガッカリした気持ちは別にない。こいぬもまぁ、好きだから。
しかし意外な事実に衝撃を受けたのか、解決のあっけなさに喪失感を覚えたのか、あるいはその両方か、私は不思議と、妙に傷ついてしまったのだ。
ぽたりぽたりと大粒の涙を流し、わけもわからず、私は静かに泣いた。

シナモンロールは、こいぬだった。

……最近、友人がこの事実に驚いていたので、思い出した話である。

***
【追記】
シナモンに関する、さらなる衝撃に見舞われた後日談です。


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