グレーゾーンの向こう側

最近、「発達障害」という言葉が独り歩きしている。
メディカル系の記事で、色んなチェックリストや、本を読んで「自分は発達障害だ」と思い込んで、受診する患者さんが増えたという記事を読んだことがある。

「グレーゾーン」

私は個人的にグレーゾーンだと思うのは
そういう「発達障害だと思い込んで、受診する人」だと思ってる。
彼らはたぶん、発達障害に近い個性を持っていて
問題を抱えてるのも、事実だと思う。

それなら、明確な違いはどこにあるのか。
それも、メディカル系の記事に書いてあった。
実際に発達障害だと診断される人達は幼少期から、周りとは違う行動や、言動があり
集団に馴染めず、不登校などの問題を抱えていたり。
学習面でも、深刻な問題を抱えている。
それに、生活習慣の部分でも、家族でも理解しづらいマイルールがある。

幼少期から、そういう問題を抱えているなら
発達障害を疑った方がいいと書いてあった。

「大人の発達障害」の落とし穴

どうも、誤解されがちだなと感じるのは
「大人の発達障害」という言葉。
発達障害は先天的な脳機能の異常であると言われている。
私の知識では大人になってから、急に発達障害になることはまず、ありえない。

医療は日進月歩だから、そういう症例がすでにあるのかもしれないが、これまで私が見聞きしたものにはなかった。

稀に交通事故で、脳にダメージを受けると、後遺症で、発達障害のような症状が出ることもあり、その場合は必ずしも、先天的なものではない。
そういう記事も、読んだことがある。

グレーゾーンの向こう側

私は自分自身が、発達障害だという自覚はなかったし、自分がそうかもという疑いも、なかった。
要するに「変人」なだけだと思ってた。

おかしいと思うことはいくつもあったし
言葉にはできないけど、周りとの違いも、感じていたけど
生きていけないほどではないと思ってた。

でも、ただの変人じゃない。
もしかしたら、生きていけないかもと思ったきっかけは運転免許の取得の時だった。
その頃のことを思い出すと、本当によく免許を取れたなと、自分でも思う。
その時に「グレーゾーンである」ことを言われた。
それが、21歳の時。
うつ病だと思って、うつ病の治療を受けたけど
根本的な問題はうつ病じゃなかった。

うつ病はあくまで、発達障害からの二次障害だった。

やっと、専門のドクターにたどり着き、それを知ったのは26歳の頃。
ずいぶん、時間がかかったのは
自分自身が、積極的にはっきりさせようとしなかったせいもある。

そこで初めて、幼少期の頃のことや、小学校での学習面のことについて、聞かれた。
私は九九を暗記できず、今も暗記できていないこと。
それをきっかけに何回か、専門家の検査を受けたけど「異常なし」の判定を受けていたこと。
それを話した。

しかし、思い返すと
確かに、幼稚園の頃から、先生や両親。
同世代の友達や、近所のおばちゃんにまで。
「ちょっと、変わった子」
と言われてきた。
その頃は少し、複雑な家庭環境で育ったから
そのせいだと思われていた。

だけど、私自身はあまり、それを深く考えたことはなかったし
自分の感性のすべてに疑問を抱いてはいなかった。
どうしてか、確固たる自信があり、何も、疑っていなかった。

イジメられてもいたし、友達もいなかった。
それでも、どうしてか、自分自身の感性を疑ったことはなかった。

かけ算でつまずき。
割り算ですっ転び。
分数でいよいよ、ついていけなくなるまでは。

そこから、大人達もただの「変わった子」ではなく、何かがおかしいと感じていたように思う。

私自身も、初めて何かがおかしいと感じ始めた。
みんなができることが、私だけできない。
そのことで、何かがおかしいと感じ始め、劣等感を抱くようになり。
本当の自分を押し殺すようになった。

不思議なもので
誰に教わったわけでもないのに
集団に馴染もうと必死で
私だけ、できないということを隠そうとするようになった。

別に誰かに無理矢理、「集団に馴染め」と言われたわけじゃない。
「できないことを隠せ」と言われたわけじゃない。
だけど、私は集団に馴染もうと必死になり、できないことを隠した。
まさか、大人になってから、それが致命的なダメージになるなんて想像もせずに。

そういうたくさんのことをひとつずつ、話しながら。
様々な検査を受けて。
私はグレーゾーンではなく、はっきりと
「発達障害である」
という診断を受けた。

そうして、グレーゾーンの向こう側に来たのだ。

それで、何が変わったのかと聞かれたら
自分が、ただの変人ではないこと。
できないことを隠す必要はないこと。
それを知ったのは大きいことだ。

それを知ったのは大きいけれど
別に私という人間が、何か、大きく変わったわけではない。

ただ、私という人間を押し殺さなくなった。
それは大きな違いだだけど
私という人間は生まれた時のまま、私のままだ。

今後も、自分自身の言葉にできない何かを整理するために
自分のひとつの側面である発達障害とHSPというところから
見える景色をこうやって、言葉にして
伝えることができたらと思っている。

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