百八発ふわふわ

TVショウで、女性タレントが整骨院にロケに行く番組を観ていた。
すると、お兄さんが施術を始め、
『はーい、いきますよー。いち、に、さん!」
 掛け声とともに、女性タレントの体を「ゴキッ!!」と鳴らしている。
すると女性タレントは、『すごーい、体が軽くなった感じがしますと言っておきたい!』と言っていたので、ちょうどワシも人助けがしたかったこともあり、整骨院を開いた。

早速、お客さんが来店したので、ワシは見よう見まねでやってみた。
「いち、に、さん!…あれ?」
ゴキ!と音が鳴らない。
客も「ん"!」と言うだけで良い反応が返ってこない。
ワシはもう何度か繰り返して試してみた。
「いち、に、さん!」
「ん"!!」
ワシは手応えがなくて少しイラついた。
「…チッ。…いち、に、さん!」
「…っん"ん"!」

ワシは嫌になってきて、もういいよ、と客の頭をグーで叩いた。
すると、ゴキッ!という音がしたではないか!
ワシはやっとコツを掴んだ!
そう思ってどんどん頭にグーを繰り出した。
「んがっ!…ぐあ!…うう…」

施術が終わり、お客さんが帰るときに、施術はいかがでしたか?と尋ねると、
「な、なんらか…体が、ふわふわしまふ…」
とのことで、ちゃんと体が軽くなる効果も出たではないか。

それからというもの、お客さんの口コミだろうか、ワシの整骨院には行列ができるようになった。
ワシはドアから入ってくる患者たちを「お大事に!お大事に!」と言いながら、リズムゲームのように次から次へと来る日も来る日も殴り続けた。

するとある日、TVショウから、生放送ロケの取材依頼が来た。
ワシは大喜びで取材を引き受けた。
取材の日までいくらか期間が空いているので、ワシは自分史上最高の殴りを見せられるように鍛えることにした。
ワシは週に五日、空手道場に通った。
道場で一番厳しい師範に、命が危なくなっても構わないので、とにかく強くしてください、とお願いした。
文字通り命がけの、血みどろの稽古を耐え続けた。
そして、空手以外の時間も激しいトレーニングを積み重ねた。
一流のボディビルダーに教えを乞い、とにかく筋量と出力を高めた。
さらに、下手すれば死ぬかもしれない高さの崖から飛び降りて、脳みそのリミッターを解除する訓練をした。
あと念のためスキンヘッドにした。
あと念のため日焼けマシンをやった。
あと念のため全身にタトゥーを入れた。
仕上げに、除夜の鐘に百八発の正拳突きを敢行した。
歪な形に発達した岩のような拳が、最後には除夜の鐘に穴を開けていた。
百八発を叩き終えたワシの心からは、来たるロケ以外の一切の雑念は消え去った。
ワシは完成した。

ロケ当日。
女性タレントが当整骨院のドアを開けると、そこに立っているのは、もはや毛のないグリズリーなワシだった。
ワシは大張り切りで、元気良く、「お大事に!」と挨拶し、リミッターの外れた拳にあらん限りの力を込めるのであった。
瞬間、当院は大盛況。
方々から白黒カラーの車が集結、青い服着た人々や、中には全身黒装備で盾まで構えるお客様も。
ワシはまた大喜びで、リズムゲームのように、「お大事に!お大事に!」と、涙を流しながら感謝感謝の正拳を突き突き申し上げるのであった。

ひとしきり施術をし終わり、本日のお客様はいなくなった。
それにしてもテレビ効果は本当にすごいなと思いながらふとテレビをつけたら、どのチャンネルでもハゲたグリズリーが暴れ回っている映像だった。
何だこれ?と思ったが、そんなことより、次はどんな人助けをしようかな…と物思いにふけるワシだった。

ワシのことを超一流であり続けさせてくださる読者の皆様に、いつも心からありがとうと言いたいです。