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ジャックオランタンを作る

何も分からない。



ーー10月5日、木曜日。

残暑もここ1週間で和らぎ、からりと晴れた秋空の下。
僕らは今日も日常を送る。

退屈な日々に少しのスパイスを加えながら。

「さて、どうするか??」


〈1時間前〉

今日も講義が終わった。

夏休み明けでまどろんでいる頭を、都会のそよ風に同期させながら、友達と共に大学を出る。

「買い物に行かないと、調味料が無くて。」
「あー、冷蔵庫なんも無いわ。」
「片栗粉とかマジで無い。」


店に入り、カゴを取りながら冷房を浴びる。

トマト198円。

「高っか、ジュースにした方が安くなるの何だよ。」
「なんかよく分からん野菜ある。」

「何これ?たけのこの若いやつ?」←違う
「名前聞いたことあるけど食べたことはない。何円かな?」

120円。

「トマトより安い〜。」

(あれ?)

その時、いわゆる「地元産の特殊な野菜コーナー」に埋もれて、黒いカゴの重なった中に、鮮やかなカボチャが1つ見えた。

両手にすとんと乗るくらいの、プラスチックなら雑貨屋で売られていそうなサイズ感。

後ろの棚のオレンジより眩しい色味に、薄く縦縞の斑が入っており、模様の珍しさが目を惹いた。

(これで……)

「ジャックオランタン作るのって、夢だったんだよね。」
「へえ、買えば良いじゃん。」

「いや……。」

家にはハンマーも彫刻刀も無い。

あるのはトマトも薄皮を削りながらギコギコしないと切れないレベルのなまくら包丁が一本だけだ。


「ああ〜!っ、でも、夢だったんだよね。」

ここで買わないと、絶対に後悔することは分かっていた。

「作らないと死ねないっていうかさ。」


ーー

帰宅、家にて。

うーん


うーん


カボチャ危機一髪

作ります。


作り方がわからない

なまくらじゃダメだろうと思い、家にある凶器っぽいものを全て集めたが、彼らはこの厚い皮に太刀打てるのだろうか。

いや、まずどこに太刀打てばいいんだ?

とにかくくり抜いて乾かすというのは分かるし、そのためにはどこかに穴を開けなきゃならない。

上に開けたらヘタが取れるだろうから、カボチャ本来の形が崩れてしまうだろう。

カットしたヘタを蓋のように乗せるのはやり易そうだが、やはり「楽をしている」感が否めない。

下をくり抜くのは安定しないから難易度が高い。
どうすればいいんだ。

でも。

ーー(作らないと死ねないっていうかさ)

思い出せ、自分。
後悔しないため、一生のためにお前はカボチャをくり抜くんだ!


底に穴を開ける

底を攻めるなら、平らな底面を持つカボチャには包丁は使えない。

よってドライバーで底の中心を突き、穿たれた穴を広げていくことにした。

ここで力を込めると、今床に接しているヘタを折りかねないので慎重に。



ーーガッガッガッ。


中身の詰まった果実を削る音が、一人暮らしの夕暮れに響く。

水分のある表皮が青臭い匂いを立てて削れた後は、外骨格のような本皮が露出し、「お前にこれが割れるか笑?」と問いかけてくる。

ええい、ごたごた言わんと終わりじゃい!!!!

>ドスッ。

握った刃先を一点に突くと、確かな手応えと水分が飛び散る感覚がし、ドライバーが深く刺さった。

途端、知っているカボチャの匂いが鼻の奥をほくほく擽り、なんだか安心する気持ちになった。

この穴を原点として、圧力に弱くなった周辺をコツコツと音を立てながら割っていく。

当たりどころがいいと、ポスッとドライバーが吸い込まれる。そのまま重力に逆らってくっ付いてきたときは、小動物とじゃれている感覚になる。


案外こいつ可愛いかもしれない。
いや可愛いから買ったんだけどね!

ある程度の穴が出来た。
中がほとんど空洞なので、割れた欠片はどんどん中に入っていった。

ここまできたら叩き割る作業はやめ、穴の周辺を優しく削り取りながら大きくしていく。

……爽やかなスイカの匂いがする。色が違ってもやはりウリ科ということか。

オレンジピールみたいな削り跡。
そろそろゴミ袋が欲しい。


中をくり抜く

小さめのスプーンなら入るくらいになったので、いよいよ中身を出していく。

顔を付けたいので(安定のため)薄くなりすぎないようにしたいが、顔を付けたいので(削りやすいよう)厚くなりすぎないようにしたい。
程度がわからない。

スプーンを取るために立とうと顔を上げると、部屋が暗くなっていると気付く。ここまで1時間かかっている。

ちっちゃスプーン
ぷすーん


電気を付けると、これまで見えなかった中身が繊維まで見えるようになり、暗い場所で作業するのは体験的にも勿体無いなと思った。

そんな手元のカボチャに、スプーンを突っ込む。

どろでらどろどろ

和装のそういう飾りか?というくらいタネが出てくる。繊維と繋がっているせいか、ひと掻きでスプーン以上の量が掻き出せて気持ちがいい。

最初は思ったよりも感触が固くてびっくりしたが、グチャグチャやるうちに中の構造が解れてからは、難なく作業を進めることができた。

(どこまで削ればいいんだ?)など思っていたが、取れる中身と皮の接着はとてもゆるく、皮はメチャクチャ硬いのでその心配はない。

中身を出すにつれ、カボチャの印象が「食物」から「器」に変貌していく。これはカボチャペーストが入った器だ。

繊維が残って乾かしているうちに腐るとことなので、こいつを完全な"無機物"にするため、残りカスをスプーンの先でガリガリと削っていく。
地味な作業だが、ここで1番気力を使う。

削り始めは種ばかり出てきていたが、意外と実が出てくるものだ。
ちょっと食べる。シャキッとして甘い。

カボチャの生サラダってなんで一般的じゃないんだろう?
↑固いかららしい、生食専用の品種もあるんだって


全ての種子を出し終わった。さながら小さめのポットのようだ。

"器"
中。
こんなにキレイになるものか?

顔を作る

とうとうクライマックス。ジャックオランタンを作るなら、ここが1番楽しいところだろう。

というか、ここまではただの土台作り。やっとジャックオランタンが作れると言っても過言ではない。

はやる気持ちも分かるが、ここまで手をかけたのだ。ちゃんと「らしい」顔に仕立ててやりたい。

ん?
ジャックオランタンの顔って、何がデフォルトなんだっけ?

Googleで〈ジャックオランタン 顔 意味〉と検索すると、「カボチャに怖い顔を彫るのは、悪霊を追い払うため」と得られた。

関連の画像を漁れば、多種多様で表情豊かなカボチャお化けたちと目が合う。

三角の目、ガバリと開けた口、切り取られた鼻。
牙が付いているものもある。

仮装してお菓子をもらっていた小学生の頃からはや10年。そうそう、こんな顔をしていたっけなぁ。

ちゃんと役目が果たせるような怖い、でも愛着の湧くような顔がいい。そう思いながらモデルをさがしていると、良い写真に出会えた。

これこれ!!
とくに皮の厚さの差を活かして歯にしちゃう表現力なんか、センスの賜物としか言いようがない。

目の形と口の形も3人いるから多種多様で、めちゃくちゃ切り方の参考になる。

よっしゃ!役者は揃った。
似合う顔、彫ってやるからな。


ーー

「……。」

爆笑


絵心のなさが恨めしい。
全然怖くないじゃん。

作者の人の良さが滲み出てしまっている。いや〜しゃーないね。

彫っていくうちにパーツが大きくなって、もっと自己主張が激しそうな見た目になることを祈ろう。


>ドスッ。

ウワー痛い。(カボチャ目線)

躊躇なくやれば穴は開くと知ったので、効率重視で無慈悲に刃を突き立てていく。

下書きの外に刺してしまったらナゾの傷が残ってしまうので、はみ出ることのないよう、これまた慎重に行う。

ひとつ目完了

要領は同じだ。一度穴を開けたら、執念深く下書きに沿うまで周りを削り取っていく。

作業中、意外と水分が出る。
ぬるぬるして手が滑るので刃先の方向に注意だ。
実際ヒヤリハットになった。

あと削りカスが落ちた部分にカボチャを置くな、滑るから出たカスは掃除しろ。
実際ヒヤリハットになった。

ランプにしたいので光が外に漏れやすいよう、開けた穴の内側は周りまで削っておく。

削った皮は自動的に穴に落ち、底面の穴から排出される。手間がなくて非常に便利だ。

穴を開け、中をくり抜くまでは力仕事で良かったが、この作業だけは繊細にやらなくちゃならない。
これはフルーツカービング(frurt carving)、芸術なのだから。

お、芸術の秋。芸術の秋まで達成されている。

完成

出来た。

まだ乾燥させていないので多少痛々しいが、下書きの部分を全て彫り出すことが出来た。

黒線が残っているため、水で洗い落として、最終的な形を確認してみよう。

ーー

濡れたカボチャをタオルで拭いて、よし……。

あ!?
可愛っ!?!?!?
//ウマレタヨ\\

はわ

わ〜〜〜〜〜!!!!

わはぁああああああ!!

すごい。
豊かな表情が、オレンジの鮮やかさと小さな体を引き立て、このカボチャが歩んできた「かぼ生」の背景まで想像させるようだ。

このカボチャは感情を持ち、確かに呼吸し、体温があり、鼓動を鳴らしている。

つまり、命が宿っている!!!!

手のひらから見つめてくる視線がものすごく愛おしい。
なんて罪なものを創り出してしまったんだ。



下書きの線が取れた瞬間、彫った穴とカボチャの表面がしっかりと馴染み、ジャックオランタン自身の感覚器官になった。

作られたばかりの顔は文字通り瑞々しく、先程まで"器"だったとは思えない、あどけない雰囲気を纏っている。

これが、"命"か……。

ーー

10月5日、木曜日。

都会のアパートの一室。
涼しい夜風を産湯にして、1体のジャックオランタンが誕生した。

「これから共に沢山の記念日(ハロウィン)を重ねよう。
大人になって、しわくちゃでカラカラになったとしても、ずっと一緒だよ。」

パチッ。

ぱっ


これからよろしく、新しい家族。


//ヨロシクネ\\
//最後マデ読ンデクレテ\\
アリガトウ!

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