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冬を聴く会|#シロクマ文芸部

十二月になった。まだ本格的な冬は感じられないけれど、そんな時だからこそ『冬を聴く』にはピッタリなのかもしれない。

大学に入り、購買の片隅で見かけたポスターで知った『初夏を聴く会』に参加してから、僕はこの季節を感じるイベントに参加するのが楽しみになった。初夏の次は夏、夏は校内を離れ海辺で花火大会を鑑賞した。夜風に吹かれながら砂浜を歩く足音や打ち寄せる波の音、花火の音や歓声に耳を傾け、潮の匂いや風に混じる微かな火薬の匂い…そして隣を歩く浴衣姿の主催者、涼風すずかぜさんのシャンプーか何かの香りにも夏を感じて楽しんだ。

化学を専攻している理系女の涼風さんは大学院に進むらしい。『夏を聴く会』の後は、その進路に向けて活動していたからちょっと間が空いて、今回の『冬を聴く会』となった。

「さぁて、小鳥遊たかなしくん。また二人だけのイベント開催になってしまったわね。いいかしら?」

初夏の時と同じ白衣の姿で涼風さんは現れたが、襟元には濃紺のマフラー…じゃなくてスヌードとかいうものが巻かれていた。僕もパーカーを羽織った重ね着スタイルだ。日向は暖かいけれど風が吹けば寒い。防寒対策はちゃんとしておかないと。

「いいですよ!というか、僕は『秋を聴く会』を自主的に開催して楽しんでましたから。でも、二人だといつものメンバーが集まった感じで、嬉しさは倍増です」

そうなのだ。僕は待ちきれなくて独りで『秋を聴く会』を開催し、キャンパスの銀杏並木を歩き、落ち葉を踏みしめる音や風に舞う枯れ葉の音、カラスの鳴き声を楽しんだ。ちょっと淋しかったけれど。

『冬を聴く会』はキャンパスの外れにある池に行った。多分ビオトープとか呼ばれるものだろう。池の周りはすっかり枯れ草の世界で、歩くとカサカサと音がした。たまにコリッと音がするのは、どんぐりみたいなものを踏みしめた時。そして池には、サギとかいう鳥が集まっていた。餌になる魚を捕まえているのだろうか。長い足で池の中を歩き、時折嘴を水中へスッと伸ばすと、キラキラ光るものが捕まっていた。魚の跳ねる音や、舌鼓を打ったように鳴く鳥の声… ひんやりとした空気の中に、命の戦いが繰り広げられている気がした。

「行きましょうか」

涼風さんはスヌードを改めて巻き直し、僕を待っていた。

「 冬って、死のイメージがあるけれど、命の始まりにもなるんですね。なんか、魚と鳥の関わりを見ていて、命をつなげる必死な姿を知った気がします。玄冬げんとうっていう言葉は知っていたけれど、なんで冬が人生の始まりになるのか… 玄冬、青春、朱夏、白秋の順なのか、いまいちわからなかったけれど、さっきの鳥とか見て、なんかわかった気がします」

「さすが文学部ね。玄冬… 初めて聞いた言葉だけれど、小鳥遊くんの説明で覚えたわ。ありがとう」

スヌードが涼風さんの顔を半分隠していたけれど、にっこりと微笑んでいるのがわかる。まるで陽だまりに溢れる光のようだ。まぶしくて、とてもあたたかい。僕はその光に照らされて、ほっこりと温かく、そして優しい気持ちになる。

「今度は春になるんですか?」

僕が尋ねると

「あら、クリスマスもあるし新春でも私はいいわよ」

涼風さんは、白衣の裾をパパッとはらいながら、陽だまりのような笑顔で答えた。


[約1400字]

いつかの話の続編です。↓

#シロクマ文芸部
#十二月

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