見出し画像

芽|#シロクマ文芸部

布団から靴下が出てきた。昨夜、寒かったから履いたまま寝ていた時の脱げた片方だ。こんなことは珍しくもなんともない。

そんなことより、枕から何かの芽が生えてきた。とりあえずひっこ抜いた。

その夜は何だか変な夢を見て眠れなかった。アップルパイを食べているはずなのに、中にスイカの種が入っていて、途中で何度も種を出しながら食べる…という本当におかしな夢だった。

目が覚めると、枕にはまた新しい芽が生えようとしている。中に何かの種でも入っているのか?芽が出てきた部分をちょっとだけ割いてみると、2cm位の茶色くてメロンみたいな編み目模様のついた種が出てきた。いつの間にこんなものが入ったのだろう?

奇妙な種を枕から出し、鉢に植えて育ててみることにした。不思議と捨てる気にはならなかった。

育てた芽は双葉になり… しかしそれ以上葉は増えず、丈も伸びない。ツヤツヤした緑の葉は、偽物の植物のようにも見える。毎朝水やりをしていたが、ちょっとサボると萎れてきた。かわいそうに思い、また水やりをしたら元気になる。双葉も少し大きくなった気がした。

ある朝、双葉の間に芽のようなものが見えた。ここからまた伸びて葉が増えるのかな…  今まで水しかやらなかったが、栄養剤みたいなものを与えたら、早く成長すると思い一本買い使ってみた。

その夜は、初恋の彼が王子様の姿になり白馬に乗って訪れて、私の家で飼っている子犬のコロちゃんを是非譲って欲しい…そんなわがままなことを言うバカな大人になった。「一昨日来やがれ!」とほうきで掃き出して追い出す…という、よくわからない夢を見た。

コロちゃんという子犬… 実際は飼ったことはない。というか、動物は今まで一緒に住んだことがない。せいぜい金魚すくいの金魚が、約半年同居してたことがある程度。猫を飼ってみたいと思ったことはあるけれど、そこまで強い願望でもない。

初恋だって、一体いつが初恋だったのかよくわからない。幼稚園の時「だ〜いすき!」と言ってほっぺたにチューをした子なのか、小学校の運動会の時に同じ赤組チームの応援団長さんにドキドキしたのがそうなのか、それとも中学に入って初めてチョコを渡したいと思った男子なのか… 夢の中の王子様も、思い出すと「あんた誰?」な感じだ。

文字通り夢見の悪い朝を迎えたので、気分転換に水やりをする。すると、双葉の間の芽のようなものは蕾に変わっていた。花が咲きそうだ。どんな花が咲くのか楽しみに過ごす。

数日後、仕事から帰ると、蕾は今にも開きそうなくらいふくらんでいた。明日は休日なので、子どもだった頃に蝉の羽化を見るため徹夜した感じで、花が咲くのを見守ろう…と思った。

缶チューハイを飲みながら、窓辺の鉢植えの様子をチラチラ見る。ふと、なにか香りが漂ってきた気がした。蕾がほころび始めたようだ。花びらの先は薄いピンク色なので、きっとピンクの花が咲くのだろうと思った。しかし椿に似たその花は縁取りだけがピンク色で、花びらは白。新種の花? なによりも、香りが素晴らしい。とても小さな花なのに、部屋いっぱいにふんわりとした温かい気持ちにさせるちょっと甘やかな香りが広がった。

「咲いてくれてありがとね」

なんとなく花に声をかけて… 気がついたら眠ってしまったようだ。

***

  ワンワン!

あれ?なんで犬がいるんだろう。コロちゃん?やだ、せっかくの休日だからまだ布団の中にいたいのに。お散歩はもう少し待っててよ。

  ピンポーン

やだ。せっかくの休日なのに、誰か来たみたい。あ、彼とデートする約束してたんだっけ?今は何時だろう?うわっ、もう10時だわ。迎えに来るはずだ。大変、大変!やだ、合鍵で入ってきたみたい…

「どうしたの?珍しく遅刻だし、連絡もないから具合が悪いのかと思って…  大丈夫なの?」

「大丈夫。ちょっと花が気になって夜更かししただけだから」

「花?どんな花?」

「ほら、そこの窓辺の鉢の… って、無い?えっ??」

「窓には何もないよ。窓も閉まっているから、外に落ちてるっていうこともないみたいだけど。夢をみていたんだね。ふふふ」

「夢?えっ、どこからが夢?」

すっかり目も覚めて布団から飛び出し窓辺へ行き、足元で飛び跳ねるコロちゃんを抱き上げて… 彼と顔を合わせた。

「どうする?デート。やめとく?」

「行くけど…これから着替えるから、ちょっと出てくれない?」

「僕は気にしないから、ここで待ってる」

「私が気になる!出てって!!」

無理やり彼を部屋から追い出して、着替えと化粧をした。なんか今更感もあるけれど。

コロちゃんの散歩も兼ねて外に出た。

散歩コースの川沿いの遊歩道。ペットと一緒の家族連れがたくさん歩いている。私たちもその中の一組。道から外れて川辺に向かう。コロちゃんは水の中に入りたそうなのを、リードをグッと引いて止めさせる。彼はさっきから何か言いたげだ。

「あのさ、一緒に住まない?」

昔、応援団長していたとは思えないほど小さな声で語りかけてきた。

「え?それって…もしかしてプロポーズ?」

「そうです」

「私も結婚するならあなた以外は考えられないわ」

「それって…」

「ありがとう。嬉しいです」

「やったー!!」

彼は初めてチョコレートをもらった時のように、大喜びをしていた。

そう言えば、あの時渡したバレンタインのチョコレートって、花の形をしていた…かな。


[約2200字]

思いつくまま書いてみました😅

小牧部長さん、いつも楽しいお題をありがとうございます。

#シロクマ文芸部
#布団から

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?